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01/21 Fri.-3

 勝手知ったる他人の家。


 ハルコは、今日もいそいそとカイトとメイの愛の巣に、ミツバチのように現れた。


 ここに、一番甘いミツがあるということを知っているのだ。


 8の字ダンスでも、踊りたいくらいだった。


 最近、毎日が楽しくてしょうがない。


 おなかの子も、そんな気配を察しているのか、大変順調でご機嫌のようだった。


 しかし、そんな彼女の浮かれ具合とは逆に、家の中はシーンとしている。


 あら?


 玄関のところで、ハルコは怪訝に足を止める。


 不在なら、玄関にはカギがかかっているはずだ。


 開いていたということは、メイは家の中にいるに違いないのに。


 二階かしら?


 そう思いながらも、一応ダイニングの方を覗く。


 すると。


「あらあら…」


 ハルコは、にっこりと微笑んだ。


 メイはそこにいたのだが、椅子のところでうたた寝していた。


 コクッ、コクッと、頭が前に傾いで船をこいでいる。


 膝の上にあるのは、編みかけのセーターで―― このまま写真におさめたいくらいの、ベストショットだった。


 とても、幸せそうなうたた寝に見えたのだ。


 お茶でもいれようかしら。


 そうしているうちに、彼女が目覚めるだろうと思いかけたその時。


 ハルコの目は、見逃さなかった。


「まぁ……!」


 思わず飛び出した感嘆の声に、メイの身体がびくっとする。


 起こしてしまったようだ。


 しかし、その事実を詫びるより先に、ハルコの手は動いていた。


「これは、カイト君にもらったの?」


 彼女の左手を捕まえて持ち上げるなり、質問の第一声が飛び出る。


 メイの方はというと、いきなり間近な声でびっくりして飛び起き、お客がハルコであることに気づき安心するまで、もうちょっと時間がかかるようだった。


 瞬きをいっぱいしながら、落ち着かない目でハルコを映していた。


「ああ、ごめんなさいね…ちょっと驚いて」


 予想以上に、はしゃいでしまった自分に気づいて、彼女は苦笑した。


 しかし、気になる。


 メイの左手に輝いている、プラチナ・リング。


 いままで、一度だって彼女の指にリングはなかった。


 なのに、今日になって突如現れたのである。


 頭の中に、カイトがどうやってメイにリングを渡したか、という疑問が渦巻く。


 彼が自分で指輪の必要性に気づいたのだろうか、という根本的な部分から、指輪をはめさせるまでの過程を想像しようとするが、なかなかうまくいかない。


 メイが、ねだったのだろうか―― いや、それもありえないような気がした。


 夫の入れ知恵かとも思ったが、家で彼はそういうことを話していなかった。


 早く、彼女の口から謎を解いてもらわないと、ハルコは今夜眠れそうにない。


 しかし、あえて深呼吸を一つして。


「一緒にお茶でも飲みながら、ゆっくり話を聞かせてね」


 そう言って、調理場の方に向かう。


 焦ったら、青い鳥が逃げそうな気がしたハルコは、誰よりも我慢強かった。


 ※


 あの手。


 この手。


 というワケではないが、恥ずかしがって余り自分から語ろうとしない相手を前に、何とか話題を誘導して、少しずつ全容を明らかにしていった。


 まあ、まあ、まあ!!!


 一つ出てくる度に、ハルコは嬉しい驚きに包まれた。


 あのカイトが、自分から彼女を宝石店に連れて行ったのである。


 この事実だけでも快挙なのに―― その上、カイトも結婚指輪をしているというのだ。


 いままでの彼を知るハルコからしてみれば、信じられなかった。


 カイトが指輪を。


 世の中のカップルを、いつも『ばっかじゃねーの?』と、思っていたような彼である。


 たとえ結婚指輪とは言え、そういう『愛の形』なるものを、喜んで受け入れるとは思わなかった。


 つくづくメイという人間の、彼への影響力の凄さを思い知らされるのだ。


 あのカイトが、結婚式で見せ物になることを許可したのも。


 結婚指輪を買ってはめたのも。


 全部、彼女がいたからこそ、だ。


 しかし。


 その事実をメイは、100%正しく受け止めてはいなかった。


 受け止めているなら、もっと自分が愛されている自信というものが、オーラで表れているに違いない。


 確かに、彼に愛されて見違えるように綺麗になっているメイだったが、きっと少しずつしかカイトの気持ちを受け入れられないのだ。


 それは、カイト君も一緒ね。


 彼女の一言一言から、いかにカイトのことが好きなのか溢れ出してくる。


 けれども、そういう端々から気持ちを拾うのが苦手な相手に言うのでは、実力の50%も発揮出来ないだろう。


「よかったわね」


 指輪事件をあらかた聞き出したハルコは、最後に笑顔でそう言った。


「まだ、ホントは…信じられないんです」


 困ったような笑顔で、メイはそう言った。


「なにもかもが唐突でいきなりで、気づいたら…今日になってた、みたいな感じで…あ! あの、その…幸せじゃないとかそういうことじゃなくて…すごく、幸せなんですけど…まだ、やっぱり実感がなくて」


 こういう話は、カイトには出来ないに違いない。


 彼に話そうものなら、きっと怒鳴られてしまうだろうから。


 それを想像すると、ハルコはおかしくなった。


 カイトなら、彼女にどう『実感』とやらを持たせようと努力するのだろうか―― と想像してしまったせいだ。


 メイの不安も、もっともだと思った。


 これまで、カイトと積み重ねてきたものが、あまりに少ないのだ。


 きっと、まだお互いのことを、ほとんど知らないに違いない。


 ちゃんと、彼らは家で会話を交わしているのだろうか。


 今まで、そういうシーンというものを、ほとんど見たことがないような気がする。


 交わしているとするなら、どんな会話をだろうか。


 しかし、それをハルコたちが見ることは、難しいだろう。


 彼ら夫婦が現れると、カイトは臨戦態勢になるからだ。


 ソウマが、いつもからかうせいよ。


 自分を棚上げして、夫を軽く責める。


 確かに、カイトに分かるようにからかうのは、ソウマの方なのだ。


 まだハルコ相手の方が、彼も情状酌量してくれているような気がする。


「どうせカイト君のことだから、あなたが安心するほど、『好きだ!』とか言ってくれないんでしょう? 『おまえしかいねぇ!』とかも言ってなさそうねぇ」


 彼女の気持ちを持ち上げるように、ハルコはわざとカイトの口真似をした。


 勿論、そんなことを言ったのは聞いたことがないけれども、言うとしたらこんなカンジだろう、と。


「そっ、そんな!!」


 笑うかと思いきや、メイは真っ赤になって飛び上がった。


 滅相もない、というカンジだ。


 やはり、カイトの口に期待してはいけないようである。


「それは…カイト君が悪いわねぇ……今度、ねだってみたら? 『私のこと…好き?』って聞いてごらんなさい」


 あまりにその様子がおかしかったので、笑顔をこらえきれずに―― 今度は、メイの口真似をすると、ますます彼女は真っ赤になってしまった。


「そのくらい言わないと、カイト君の愛の言葉は期待できそうにもないわねぇ」


 可愛らしい形の愛を見せられて、ハルコはもう微笑むしかなかった。


 そんな風に、メイを撃沈させたかと思いきや。


「ソウマさんは…その、おっしゃるんですか? 『お前しかいない』とか…」


 きっと、彼女は純粋によその様子が気になったのだろう。


 自分たちを知る上では、周囲がどのようになっているかということと比較するのが、一番てっとり早いので。


 しかし。


「まぁ…!」



 そんな反撃が来るとは思っていなかったため、ハルコは答えに詰まって、不覚にも頬を赤らめてしまったのだった。

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