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01/21 Fri.-1

 朝礼で、チーフが言った。


「第一開発チームが、これから本格的に忙しくなりそうですので、うちのチームからも応援を出そうと思いますが……」



「はいはいはいはい!!! 私! 私、行きます!!!!」



 大きな声で、はっきりと。


 手まで挙げて主張すれば、気づかれないはずもなかった。



 ※



 やったー! ラッキー!!!!


 彼女は、廊下を飛び跳ねるように歩きながら、第一開発室の方に向かっていた。


 入社1年目で、こんな幸運が回ってくるなんて。


 そこら中の人たちを捕まえて、くるくる回ったり踊ったりしたいくらいだった。


 彼女の名前は―― ハナ・トリカイ。


 昔からの知り合いは、彼女のことを『トリカイ3号』と呼ぶ。


 何で3号かというと。


 彼女には、姉妹がいるのだ。


 正確に言うなら、三姉妹である。


 年はひとつずつ違うのに、どんな遺伝子のいたずらか、三人とも見た目だけは異様にそっくりなのだ。


 栗毛に、黒というより濃紺に近い瞳。


 しょうがなく、髪型で見分けられるようにしている。


 年齢が下にいくに従って、髪が短くなっていくのだ。


 その三姉妹の中で、一番年が下で髪が短いのがハナだった。


 上から、ユキ、ツキ、ハナ。


 トリカイ家の「雪月花」と呼ばれた方が、風情があっていいのに。


 何で、3号。


 ぷんぷんと、その事実に怒りまくる彼女は、とてもとても気が強い。


 どのくらい気が強いかと言うと、入った大学で教授と一悶着やらかして、とっとと退学してしまったくらいだ。


 だって、あの高慢ちきの教授、ムカつくんだもん。


 名前は何と言ったっけ、アカイだかアオイだか。


 大学まで入って、どうしてあんな生活指導みたいな男に捕まって、説教されなければならないのか。


 しかし、理由はそれだけじゃなかった。


 確かにその教授との折り合いも悪かったのだが、根本的な問題もあったのだ。


 勉強する内容が、退屈だったのである。


 それなら、高い学費を出して学校に行かなくても、自分の好きな道を極めた方が、よっぽど人生においては効率的なような気がした。


 あっさり大学を中退して、彼女はコンピュータの道に入ったのだ。


 ちなみに1号と2号は、まだ大学生だ。


 楽しそうだが、別に羨ましいとは思わなかった。


 高校時代からその道に目覚め、ハナの部屋にはコンピュータが5台、ところ狭しと並べたり積まれている。


 LANでつなぎ、周辺機器も色々つないでいる。


 その全体が、サイバーでカオス的だったので、『フランケン』という総称で呼んでいた。


 つぎはぎなクセに、何か可愛いじゃん、というところだ。


 CGやプログラムにも目覚め、自分からしてみれば、かなり『使える女』になったつもりだった。


 となると、この才能を生かせる会社に殴り込みである。


 ハナは、F・カンパニーと鋼南電気の順で殴り込んだ。


 どちらも新規で募集していたワケではなかったが、彼女は自作ゲームを持ち込みして、自分を売り込んだのである。


 F・カンパニーの方は、社長自らご登場で、何だか分からないことをベラベラしゃべられた。


 でも、彼が最初に挨拶のように、女であることをホメたのが気に入らなかった。


 自分が女であることはイヤではないのだが、こうも才能の評価より先に、女性であることを口にされると、面白くないのである。


 鋼南電気の方は、誰もいない部屋に通された。


 面接官さえ、いないのである。


 どういう意味かと思っていたら、持ち込んだ作品だけ奪われて―― 待たされること15分。


 眼鏡でのっぽの男が現れて、作品を返しながら『いつから出社出来ますか?』と聞いた。


 あとで、彼は副社長であることが分かったのだ。


 気に入った。


 ハナは、ニッと笑った。


 味も素っ気もない試験ではあったが、一番気に入る試験だった。


 相手は、彼女の性別には、さして興味がないのだ。


 そして、履歴書も。


 誰が試験の結果をチェックしたかは謎だが、かなり見る目のある人物だと思った。


 そして、そういう見る目のある人間のところで仕事が出来るのを、ハナは望んでいたのである。


『明日から行きます!』


 それから1年弱。


 メインのどでかいタイトルRPGは、第一開発チーム。


 シミュレーション系が、第二開発チーム。


 そして、その他のゲームを預かっているのが第三開発チームだ。


 ハナが配属されたのは、第三開発チームだった。


 彼女の希望としては、どでかい仕事がやってみたかったので、第一を希望していたのだが、さすがに入社したてでそれは無理だったようだ。


 配属を聞かされた時、ちぇっと思ったものだった。


 しかし、ついに第一のドアを開けて、入ることが出来るのだ。


 わくわくしながら、彼女は足早にその扉に近づいた。


 ほかにも応援の人はいるのだが、どうしても後から一緒に歩いて行くのが耐えられなかったのである。


「失礼しまーす! 第三から応援にきましたー」


 我知らず、愛想がよくなってしまう。


 何しろ、あこがれぶっちぎりなのだ。


 にっこにこで元気だった。


「あぁ?」


 しかし。


 ビクッッ。


 ハナは、反射的に身体が逃げてしまった。


 どよーんとした、無精ひげの目に見つかってしまったからである。


 どこの『自由人』かと思えば、開発の人たちだということが分かった。


 色の変わりかけたようなシャツのまま、頭をかいている。


 どう見ても、数日泊まり込んでいる人たちでいっぱいだった。


 きったなー!!!!!!


 驚きの光景である。


 第三は、ここまで納期に追いつめられたことがなかった。


 少なくとも、ハナが入社してからは。


 多少忙しくて、終電になったりする時はあるが、徹夜なんかしたことなかったのである。


 開発中で、室内清掃員が入れないのは分かっているが、それにしても汚い。


 昨夜のものなのか、大きなゴミ袋の中に、ほか弁のパックがたくさんつっこんである。


 缶コーヒーも、あちこちに無造作に積んであった。


「ああ、第三か…それじゃあ」


 やっと、マシな人が現れた。


 彼の顔は知っている。


 何しろ、この開発チームのチーフなのだから。


 この人の目に止まれば、チームに入ることも夢じゃない。


「おはようございます! 他ももうすぐ到着する予定です!」


 気を取り直して、元気な挨拶をもう一度。


 頭でも痛むのか、向こうの方で徹夜明けの社員が、こめかみを押さえている。


 ハナは、チーフから仕事の説明を受けた。


 内容は、デバッグだった。


 ありとあらゆる操作を網羅するように、同じシーンを繰り返しプレイする。


 そして、おかしなところを洗い出すのだ。


 根気と、精密な目を要求される。


 ぶっちゃけると、退屈な方の仕事だ。


 さすがに開発の内容を知らないハナに、いきなりプログラムを作らせろ、とかいうのは無理な話だった。


 ちぇっと、また彼女は心の中で不満を漏らした。


 そんな時。


 ガチャッとドアが開く。


 おっ。


 ちょうど、ドアの方に顔を向けていた彼女は、ちょっと視線を軌道修正するだけで、その人間の顔を見ることが出来た。


 ネクタイを、ぶら下げたまま。


 上着はすでに脱いでいて、そこらの椅子にぽんと引っかける。


 そして、彼が席に着くのだ。


 おおおおおおー!!!


 ついつい珍しくて、ハナは注目した。


 鋼南電気の、社長のご登場である。


 会社内をウロウロしていたら、たまーにすれ違うことはあったが、こんなにゆっくりと眺められるのは珍しかった。


 彼が、この会社を一代で作ったのは、周知の事実だし。


 何より彼は―― 『コウノ』なのだ。


 コウノについて、半分くらいしか知らない。


 ただ今でも、ネット界で噂として聞くことがあるし、会社設立前のゲームもいくつかプレイしたことがあった。


 スーパー・マニアックなゲームを作る人だ。


 彼女が印象に残っているのは、これがパーフェクト・クリアできなければ、おまえはマニアじゃないというレッテルを貼られそうなシミュレーションだった。


 だから、ハナはそのゲームは3日間、寝食忘れて打ち込んだ。


 そんな彼に、気になる噂が二つあった。


 その一つ目は。


 いま、いろんなマニアのホームページでダウンロード出来る、伝説のソフトを作ったのが『コウノ』ではないか、というものだ。


 ネット上では、「作者不明」で掲載されているけれども。


 その噂を、ハナが聞いたのが1月1日ちょうど。


 元旦の夜明け前にチャット中だった彼女に、ほかのマニア仲間が言ったのだ。


 慌ててダウンロードしたそれは―― これまた、マニアックの限りを尽くした、しかもダークサイドなシミュレーションだったのである。


 おかげで、彼女の年始休暇は、すべてそれに奪われてしまったのだ。


 いまだ、彼女は完全攻略できていない。


 思い切り化け物をぶちのめして食わせていたら、自分の味方のユニットが、すべて彼女の指示命令を聞かずに、勝手に行動し始めてしまったのだ。


 かと言って、食わせないとなかなか強くならない。


 それに、ダメージを受けた味方ユニットの傷も治りが悪いのだ。


 本物の人間のように、腕が落ちたら片腕で戦わなければならないのである。


 おまけに。


 ラストが。


 くやしー!!!!!!


 いままで、何度かラストまではたどりつくことが出来たのに、いつもあの小娘に。


 そんな風に、ハナが思い出し怒りをしていた横で。


「おや…」


 チーフが、そんな社長の方向を見て、面白そうに目を細めた。


「…?」


 彼女も何事かと思ってそっちを見るが、別段おかしなところは見つからなかった。


 チーフは。


 ほかのスタッフを一人捕まえて、小さな声で言った。


「社長の左手、見てみろ」と。


 左手????


 自分に言われたワケではないが、ハナは素直に従った。


 ちょっと角度が悪くて見えなかったので、ととと、と動いて位置を調整する。


 左手がどうか――



「あー!!!」



 二つ目の噂を、思い出してしまって、つい大声を出した。


 冬眠中のクマも、絶対飛び起きたに違いない音量だった。

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