01/15 Sat.-2
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朝―― 気になることがあって、ふっと目が覚めた。
そういえば。
寝る前から、ずっと彼は翌日の引っ越しについていろいろ考えていたのだ。
しかし、途中からは全てふっとんでしまった。
何しろ。
メイと、夜を過ごさなければならないのだから。
他のことを、じっくり考えている余裕などなかった。
しかし、その時に引っかかっていたことが、明け方になって彼を揺さぶったのだ。
ぱちっと目を開けたカイトの頭には、彼女のあの部屋が思い浮かぶ。
ベッドやストーブなどがあった。
それに関する感慨などは、脇に置いておくとしても、いまのままでは不都合があったのだ。
カイトの車に、そういった家財道具は積めそうになかったのである。
まあベッドをバラせば、もしかしたら入るかもしれないが―― セダン・タイプの車は、人が乗るのには適しているけれども、荷物を積むのにはちっとも適していないので、積み込める量など知れたものだ。
このままでは、無駄な時間をその引っ越しとやらで費やす可能性があった。
いや、引っ越しにつきあうのは別に平気だ。
何時間かかったっていいと思ってる。
しかし、あの部屋に長くメイを置いておく、ということについては、カイトはちっとも嬉しくなかった。
やはり、早く引っ越しを終えて。
あの過去をなくしてしまいたかった。
だから、彼はベッドから起き出したのだ。
「ん…」
メイが、その振動にか微かに声を洩らす。
ぎくっとして振り返ったが、彼女はまだ眠りの井戸の中にいるようだった。
ほっとして、着替えと身支度を済ませる。
それから部屋を出た。
彼女が眠っている内に、一仕事やっつけようと思ったのだ。
時計を見れば、7時5分。
営業時間の早いレンタカー屋なら、もう開けているはずだ。
車を出し、駅前のレンタカー屋を探す。
1件目は、8時から営業という根性ナシだったが、2件目は7時から開いていた。
明かりがついている。
カイトは、自分の車をガンと止めて事務所に入った。
「いらっしゃいませ」
そうして、軽トラックを運転して帰ってきたのである。
乗って行った車は、置いてきた。
後でこの車を返す時に受け取ればいいのだ。
しかし、帰りの運転中、ひっかかることを覚えた。
この車に自分が乗るのはいい。
たとえ、座り心地が悪かろうが、背のリクライニングを1ミリも動かせなくても平気だ。
けれども、この助手席にメイを乗せることになる。
そのことを、深く考えていなかったのだ。
軽トラックに、メイ。
右脳が、見たこともないくせに、その画像を勝手に生成する。
一瞬、その映像を拒否しかけたが、カイトはきちんと最後までそれを確認してしまった。
軽トラックに乗っているメイ。
きっと、彼女の性格からすると、イヤな顔一つせずに乗り込むだろう。
そうして。
予測の中での彼女の顔は―― 笑っていた。
にこにこと。
軽トラックの助手席でも、何だか嬉しそうにしている映像ができあがっていたのである。
こんな安っぽい車の、座り心地の悪い助手席に乗せているのに、どうして笑っているのか。
しかし、それはあくまで彼の右脳が作り出したものなので、真実かどうか分かるはずもない。
正直を言えば、乗せたくなかった。
自分の甲斐性とやらで、まだちっとも彼女を綺麗に着飾れたことさえないのに、軽トラに乗せなければならないのだ。
これじゃあ、甲斐性どころではなかった。
オレ一人で…。
けど…。
クソッ。
色々と葛藤しているうちに、彼は家まで帰り着いてしまったのだ。
まだ、全然何の決着もついていないというのに。
それと、もう一つ問題があった。
う。
どうやって、このトラックのことを彼女に切り出そうか、ということである。
今度は、カイトはそれを考えなければならなかった。
きっと彼女のことだから、どうして軽トラックがそこにあるのか聞くだろう。
その時に、またこの口がロクでもないことを言わないように、シミュレーションしておこうと思ったのだ。
素直に借りてきた、と言えばいいのである。
何も悩むことはない。
しかし、『ありがとう』とか『ごめんなさい』とか言われずに済むような言葉はないか、とゼイタクなことを考えてしまったのである。
そんなカイトが、トラックを玄関前につけようとした時。
やはり、まだその件についても何の決着もついていないというのに。
玄関のドアが、バタンと開いたのである。
一瞬、シュウが休日出勤でもするのかと思った。
しかし、出てきたのはその男に比べたら、小さな身体だったのだ。
瞬間的に、カイトは硬直した。
まさか、メイがいきなり出てくるとは思ってもみなかったからだ。
キッと、ブレーキを踏んで車を止めたが、視線はずっと彼女に向けたままだった。
いま、ベッドから出てきたばかりというような、パジャマ姿のメイは、そのまま玄関に立ちつくしている。
バカ野郎!
ハッと我に返ったカイトが、一番最初に思ったのは、その言葉だった。
パジャマ一つで、この寒いのに玄関から出てきているのである。
上着くらい着てくればいいのだ。
車の音か何かで起き出してきたのだろうか。
カイトは慌てて車を降りると、そっちの方に小走りに駆けていった。
「あ…カイト」
現状を分かっていないような瞳だ。
まばたきをしていいのか、それとも見開いたままがいいのかすら判断出来ていない。
大きな目が、いまにもこぼれそうなままカイトを見ていた。
そんな彼女の腕を、ぐいと掴んで家の中に連れ込む。
掴んだパジャマの腕が、冷たいことが分かってムッとする。
これでは、何のために彼女をベッドに置いて出かけたのか分からないではないか。
外は、こんなに寒いのに。
「あ、あの…あのトラック」
あれだけ大きなものだ。
どうあっても、彼女の視界に入っただろう。
その件について、引っ張られながらも言及してこようとする。
しかし、カイトは聞かずにそのまま階段を上がり、彼らの部屋に戻ったのだ。
そこなら、暖房が効いている。
「……レンタカーだ」
暖かい部屋に逃げ込むなり、カイトはぎゅっと彼女を抱きしめた。
やっぱり冷え切っている。
トラックにはヒーターがあるので、彼の方がよほど温かだった。
ぱふっと。
メイは、彼の胸に顔を埋める。
そうして、彼女もぎゅっと抱きしめてくれた。
上着も着たままの、ちょっと抱きづらいカイトの身体を。
背中に回る腕の感触に、胸を締め付けられる。
「よかった…」
ぽつっと。
メイは、胸の中でそう呟いた。
よかった?
車の話をしたら、きっと出てくるのは『ありがとう』だと予測していたカイトは、眉を顰める。
どうして、ここで『よかった』が出てくるのか。
「起きたら、いなかったから…」
ぎゅうっと、カイトを抱きしめる腕に力が込められる。
顔は、胸にうずめたまま。
「……!」
その言葉で、すべてを教えられる。
彼が帰ってくる前に、メイはすでに起きていたのだ。
そうして、ベッドに一人だったのである。
だから。
玄関まで飛び出してきたのだ。
パジャマのままで。
胸が、きゅうっとする。
結果的に、彼女に不安な思いをさせたのだ。
それが苦しかった。
それと―― 心のどこかで、すごくメイが自分を欲してくれている、ということを教えられた気がして、また愛しさが募る。
まだ。
全然、二人とも。
両思いにすら、慣れていなかったのだ。




