表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/198

01/19 Wed.-1

 朝。


 メイは、目覚まし時計の音で飛び起きる。


 そして、ものの2秒とかからずに、それを止めた。


 カイトの安眠を妨害しないためだ。


 おそるおそる、隣を見る。


 いまの騒音で、目を開けていないかどうか。


 彼の目は―― 開いていた。


 えええ?


 ドキーン!


 メイは、その不意打ちに驚き固まってしまう。


 普通の彼なら、まだ深い眠りの中で泳いでいるはずなのに、今日に限っては水面に顔を出していたのだ。


 カーテンを引いているので薄暗い室内だったが、すぐ近くの彼の目が開いてるかどうかくらい、見間違えるはずがない。


 カイトは、目覚めていたのだ。


 カァ。


 薄暗くてよかった。


 メイは、真っ赤になりながら、慌てて動き始めた。


 と言っても、布団の中に潜り込んで、ごそごそとやり始めたのだ。


 こんなところで、いきなり明かりをつけられてはかなわない。


 まだ彼女は、何も身につけていないのだから。


 パジャマ、パジャマ。


 布団のどこかに紛れ込んでしまっているに違いない、その布きれを探す。


 もしかしたら、ベッドから転げ落ちているかもしれないが、いま彼女は外に出られる姿ではない。


 焦れば焦るほど見つからなかった。


 毛布の中の手が、何かを探す。


 布だ。


 あった!


 ばっと引っぱり出し、手探りで袖があるのを確認する。


 暗い中で袖を通しかけて、ハタと止まった。


 袖から、完全に手が出ないのだ。


 よぉく、その布を見る。


 色は。


 白だった。


 それはパジャマではなく、ぐしゃぐしゃになったカイトのワイシャツだったのだ。


 んきゃー!!!


 昨夜のいろんな証拠が、闇鍋状態で彼女の手に握らされたのである。


 セーターを編んでいたことや、タヌキ寝入り、キスと―― それから後のこと。


 カイトは、会社から帰ってワイシャツのまま。


 やー!!!!!


 自分の妄想。


 いや、この場合は現実にあったのだから「記憶」を、メイは追いやってしまおうとした。


 毛布の中で、ぐにゃぐにゃと身悶えてしまう。


 どうしよう。


 このまま毛布から顔を出して、彼と出会えないような気がした。


 まだ、全然心の準備が出来ていないのだ。


 いつもなら、カイトはまだ眠っているので、恥ずかしい証拠をつかまされてしまったとしても、朝食の準備をしている間なんかで呼吸を整えることが出来るのに。


 そうして、落ち着いた状態で彼を起こしにこられるハズなのだ。


 なのに、もう起きているなんて反則だった。


 そのカイトが。


 動いた。


 自分以外の意思で、ベッドがきしむのだ。


 えっと慌てて、亀のように毛布から首だけを出すと、カイトは裸のままベッドから降りるところだった。


 薄暗い世界で、彼の浅黒い肌はもっと暗く見える。


 筋肉や骨の影は、もっと暗い。


 どこに行ってしまうのだろうかと、途端に不安になるのだが、カイトの行き先がバスルームであるのを見てほっとする。


 いまの内に。


 メイは、枕元の明かりをつけると、パジャマの捜索を開始した。


 ズボンの方は、毛布の間に紛れていたけれども、上着の方はベッドから落ちていた。


 捜索にいつもより時間がかかったせいで、パジャマを着込み終わる頃には、カイトはバスルームから出てきてしまった。


 枕元の明かりだけなので、はっきりとは見えなかったが、ざっとシャワーでも浴びてきたのだろう。


 そんなカイトが、近づいてくる。


「このまま会社に行く…おめーは…寝てろ」


 髪からは水滴。


 とりあえず着た、という風にしか見えないバスローブ。


「あっ、でも朝ご飯…」


 すぐ用意するから。


 彼女が、慌ててパジャマのまま調理場の方に向かおうとすると、その腕は掴んで止められた。


 カイトの手が濡れているのが分かる。


「いい…昨夜の、食ってねぇから」


 それを言う時の声が、まるでメイに対して悪いことをしてしまった、みたいな風に聞こえた。


 要するに彼は、昨日の夕食を食べて出勤するから、何もしなくていいと言っているようだ。


「あっ、それじゃあ温めるから…」


 一晩中、寒い調理場に置いていたのだ。


 何もかも、冷凍室に入れていたような騒ぎになっているだろう。


 まだ1月なのだ。


 カイトが自分でご飯をよそって、電子レンジでおかずを温めなおし、お茶を入れて―― とてもじゃないが、想像つかない。


 何となく、おかずだけを冷たいままかじって、出かけてしまいそうな気がした。


「いい!」


 しかし、彼はメイにそのわずかな仕事さえさせてくれないかのように、拒否をした。


「いや!」


 反射的に、彼女は自分が強い声を出してしまったのに気づいて。


 自分でもびっくりした。


 ぱっと、掴まれていない方の手で、自分の口をふさぐ。


 カイトも、驚いた顔をしていた。


「あ…の、その…ホントに温めるだけなら、すぐだから。それに、おいしいご飯を食べて、お仕事に行って欲しいの……ホントに、ホントに、すぐだから」


 着替えててね。


 カイトから遠くに離れようとしたら、するっと捕まれていた手が離れた。人肌のぬるい水の感触だけが、腕に残る。


 それで、ほっとした。


 彼が、自分の気持ちを分かってくれたような気がして、すごく嬉しくもなった。


 その勢いで、パジャマのままドアを開けて出ようとした時。


 しかし、自分がかなり無謀なことをしようとしいたのに気づくのだ。


 廊下には、暖房などないのである。


 冷たい空気に襲いかかられて、彼女は慌てて上着を取りに戻ったのだった。


 ※


 昨日、スーパーで買った魚のすり身で、つくねボールを作っていた。


 レタスと、そのつくねボール。


 それから、千切りにした野菜を麻婆の素で味付けして炒めたモノ。


 魚のお吸い物。


 電子レンジから出して、お皿に戻した頃、カイトが2階から降りてきた。


 ご飯をよそって、お茶の準備をして―― これで、出来上がり。


 ほら、早く済んだでしょう?


 そんな笑顔で、カイトを迎え入れる。


 これなら彼だって、メイが手間取るような仕事でなかったのを分かってくれるはずだ。


 自分が、すごく家事に優秀な気分になれた。


 ほんのちょっとだけ、だけれども。


「おめーは?」


 しかし。


 椅子に座るなり出てきたその一言が、彼女の笑顔をストップさせた。


 素早く出来たのは、すでに昨夜作ったものを温め直しただけだからだ。


 でも、それはカイトの分だけである。


 自分の分は、昨日食べてしまったのだから。


「あ、私は…後でちゃんと作って食べるから……お吸い物、少し残ってるし、ご飯もあるから」


 彼女は、大丈夫ということをアピールしようとした。


 しかし、彼の観察するような目が、緩む様子はなかった。


 ガタッ。


 カイトは、一度座った席を立ち上がった。


 無言のまま、調理場に消えていく。


 彼が一体、調理場に何の用があるのか。


 ついて行こうとしたが、既に彼は戻ってくるところだった。


 何?


 そう思う間もなかった。


 彼は、新しい皿を一つ置くや、おかずを半分それに移したのだった。


 あっ。


 メイは、これから山ほどの言葉でマシンガンを乱射し、カイトを止める予定だった。


 どういう意味の行動か、分かってしまったのだ。


 なのに。


「一緒に…食え」


 理屈では計算不可能な声で―― そんなことを言われてしまったら。


 本当にカイトが、そうして欲しいのだと、肌で感じてしまったら。


 メイには何が言えようか。



 今朝は、パジャマの身体をぎゅっと抱きしめて、カイトは会社に行った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ