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01/15 Sat.-1

 朝。


 眠りの浅い時間がある。


 夢を見たり、現実のことを少し思い出したりする時間だ。


 メイは、無意識に身体を身じろがせた。


 すぐそこにあるだろう体温を、彼女は欲しがったのである。


 自分以外の―― 幸せな体温。


 しかし、身体は何の障害にもぶつかることはなかった。


 ただ寝返りを打つ形で、シーツに顔を埋めるようになってしまうだけだ。


 人の温かさなど、見つからなかった。


 え?


 身体が、いつもの朝とは違うシグナルを点滅させる。


 メイは。


 ばっと、目を開けていた。


 一瞬の覚醒だった。


 カイトが―― いない。


 それが、はっきり分かる。


 メイは身体を起こして、きょろきょろと辺りを見回した。


 カーテンごしに、朝日がこぼれているのは分かる。


 しかし、見える範囲に彼はいなかった。


 慌ててベッドから降りて、カイトを探そうとした。


 もしかしたら、シャワーでも浴びているのかも、と思ったのである。


 しかし、その前に。


 自分の格好を、どうにかしなければならなかった。


「………!」


 毎朝、慣れないことだ。


 声にならない悲鳴を上げながら、メイは慌ててベッドの周囲に散乱しているパジャマたちを拾い上げ、誰も見ているワケでもないのに、毛布の中で毛玉になりながら、急いでそれに着替えた。


 そして、脱衣所へ続くドアを開ける。


 ここにいる―― と思っていた。


 確信ではないけれども、カイトが朝からどこかに行ってしまうとは、思っていなかったのだ。


 しかし、彼はいなかった。


 無人のバスルームは、昨日から使ったような跡はない。


 代わりに、洗面所の床が濡れているのが分かった。


 シャーロックホームズでなくても、その犯人がカイトであることは分かる。


 朝、ここで顔を洗ったのだ。


 この部屋に、彼がいない。


 メイは、途端に不安になった。


 いろいろ考えてしまったのだ。


 もしかしたら、急ぎの仕事が入って会社に行ったのかもしれないとか。


 もっと単純に、喉が乾いたとか何かで調理場の方にいるのかも。


 後者の方を思いついた瞬間に、彼女は部屋を飛び出していた。


 パジャマだけで上には何も羽織っていないので、途端、冷たい感じがばっと襲いかかってくるけれども、かまわず階段を駆け下りる。


 そうして、ダイニングに飛び込んだ。


 無人。


 次は、調理場。


 やっぱり―― 無人だった。


 え。


 あ。


 もっと落ち着かない気持ちに取り憑かれた。


 ここは、間違いなくカイトの家だ。


 結婚したばかりで、これからはメイの家にもなる場所だった。


 しかし、その家が。


 カイト一人存在しないだけで、こんなにまでよそよそしく感じる。


 まるで、なぜ彼女がそこにいるのか分からないかのように。


 平日、彼が仕事に行っている時とは、全然比べものにならないよそよそしさだ。


 どこに。


 もし、会社に行ったとするならば、書き置きの一つくらいあるのではないだろうか。


 そう思って、ダイニングを探す。


 二階の部屋になかったのは、最初に探したので分かっていた。


 けれども、それらしきものはなかった。


 何で。


 今日は、彼と約束をしていたはずだ。


 引っ越しを手伝ってもらうと。


 でも、カイトのせっかくの休みを潰してしまうので悪いなぁと思っていた。


 だから、最初はハルコに頼もうと思っていたのである。


 勿論、彼女は妊婦なので力仕事は出来ない。


 それを全部自分がするので、車だけ出してもらおうと思っていた。


 前回、彼女が来た時にそれをお願いしたのだ。


 すると、ハルコは困ったように笑った後。


『それは、カイトくんに言ってあげた方が喜ぶわよ』


 それが答えだったのだ。


 意味が分からなかった。


 カイトに手伝いをしてもらうとなると、週末しかない。


 週末は、本当は休みの日で。


 それを手伝いで潰してしまうのに、どうして喜ぶと言うのだろうか。


 だから、どうしてか、と彼女に聞いたのだ。


 そうしたら、苦笑されてしまった。


『男って生き物はね、好きな女性からは頼られたいものらしいわよ』


 最後はウィンクだ。


 かっと。


 その時、メイは、恥ずかしくて真っ赤になってしまったのだ。


『好きな女性』―― カイトがそう思っている相手が、自分だとハルコが言うのである。


 確かに。


 言葉にすれば、そうであるに違いなかった。


 でなければ、結婚なんて出来るはずがないから。


 しかし、そうやって改めて言葉に出して、しかも他人から言われると、全身が燃え上がるほど恥ずかしくなってしまうのだ。


 だから、勇気を出して昨日カイトに聞いてみたのである。


 ハルコの言った言葉を裏付けるようなことは何もなかったけれども、彼は引き受けてくれた。


 なのに、彼のいない朝が来る。


 どこに行っちゃったんだろう。


 約束を忘れたり、すっぽかしたりする人のようには思えなかった。


 それとも、メイが知らなかっただけで。


 いや、違う。


 カイトが理由もなく、そんなことをするはずがない。


 きっと、何か急ぎで大切な仕事が入ってしまったのだ。


 後から、電話が入るかもしれない。


 電話!


 そこで、はっとメイは思い出した。彼のケイタイ番号を聞いていたのだ。


 急いで電話機のところに走って行く。


 それから、受話器を上げて―― すぐ目に付くところに貼っている、カイトのケイタイ番号を押そうとした時。


 車の音が。


 車が、この家の庭に入ってきた音がしたのだ。


 ゴトッ。


 メイは、コードレス電話を置いた。


 慌ててしまったので、少し大きな音になってしまったが、それに構っている余裕はなかった。


 急いで玄関に駆けつけ、ドアを開ける。


 そこには。


 あっ。


 メイは、緑の目を大きく見開いた。


 玄関の前に、ちょうど車は止まるところだった。


 運転しているのはカイトだ。


 彼の視線が、自分を捕らえたのが分かる。


 その瞳に、吸い込まれそうになった。


 しかし、いろいろな疑問も、いま同時に分かった。


 冷たい冬の朝。



 家に帰ってきたカイトは―― 軽トラに乗っていたのだ。

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