01/16 Sun.-6
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「そろそろ夕食の支度を…」
遠慮しながら、ようやくメイは彼らの話を止めた。
もう外はすっかり夕方だ。
山のような決定事項を見せられながら、彼女はその度に悩まされた。
カイトは、すぐそこで仕事をしているけれども―― 背中が、怒りのオーラを伝えてきていたので、ウカツに声がかけられない。
どう返事をしたらいいか分からない時は、じっと彼の背中を見てしまった。
本当に、いいの?
まず、最初の一歩目から不安だったからだ。
いまにも、彼が振り返って怒鳴り散らして、それでもってすべてを踏みしだくのではないかと思っていた。
それがイヤだということではない。
どちらかというと、そっちの方が自然なように思えたのだ。
なのに、いまのカイトは、不自然なまでに怒りを押し殺しているのである。
イラついた指が、キーボードを乱暴に叩いているのが分かる。
その音に、彼女はビクッとしてしまうのだが、ソウマたちは、まるで何も聞こえないかのようにニコニコしたまま、具体案を進めていくのである。
結婚式場のアドバイザーなどを、もしもこの二人がしようものなら、すごく繁盛するのではないかと思ったほどの手腕だ。
「ウェディングドレスはどうしようかしら? 貸衣装のパンフレットもあるけど、思い出にオーダーするという方法もあるわよ…私の時は、ヴェールだけしか残さなかったけれども、これくらい広い家ですもの。ドレスの1着や2着とっておけそうよね」
こんなのなんかどう?
貸衣装のパンフレットを脇においやって、ハルコがオーダー用のカタログなどを見せ始める。
ちょ、ちょっと待って。
いきなり、ウェディングドレスのオーダーでどれがいいと言われても、それを彼女が決定出来るはずがない。
第一、普通の結婚式では、わざわざそんなものを作る必要性がない。
「新婚旅行は、やっぱり海外がいいだろう? おっと、もしかしてパスポートがないかな? あと1ヶ月しかないから、急いで作らないとな…週明けにでもすぐ…」
海外?? 新婚旅行??
彼ら二人は、ただの一度だってカイトに相談するような素振りも見せなかった。
とにかく、まるで『理想の結婚式』を作り上げようとするかのように、いろんな最高レベルのものを持ってくるのである。
カイト。
不安になって、また彼の背中を見てしまう。
本当は、どう思っているのか聞かせて欲しかった。
彼が『イヤだ』と言えば、メイだって、結婚式なんてどうでもいいのである。
しかし、カイトはまるで結婚式というものに一切関与したくないかのように、拒絶の背中ばかりを見せるのだ。
不安なままの彼女は、とにかく大きな決定をされてしまわないように、ソウマたちの膨れ上がる提案を押さえていくので精一杯だった。
そして、ようやく話を切る隙間を見つけることが出来たのだ。
それが、夕食の支度。
「ああ、もうそんな時間か」
ソウマは腕時計を見て驚いているようだった。
「あら、本当…気がつかなかったわ」
ハルコまで苦笑している。
「こんなに長居する予定じゃなかったんだが…すまんすまん、また明日にでもハルコといろいろ相談してくれ」
パンフレットは置いていくから、いいのを選んでおいてくれよ。
身重のハルコを気遣うように、腕を差し出して立ち上がらせながら、ソウマは笑った。
「しかし…せっかくの週末なんだから、彼女に食事を作らせないで、一緒に外食にでもでかけたらどうだ?」
いくら仕事が忙しいからって、食事をする時間くらいはあるだろう。
帰るというのに振り返ろうともしないカイトに、ソウマの眉はかすかに寄る。
でも、怒っていないのは分かった。
どちらかというと、嬉しそうな目の方が本心で、眉はポーズという感じに見えた。
ああ、これ以上。
メイは、彼の言葉を止めたかった。
カイトが、その言葉に変に反応しそうだったのだ。
ソウマが声をかけると、大体そうなるので。
そういう意味では、結婚式に関するいろんな決定事項を、カイトに確認を取らなかったのは正しかったかもしれない。
いや、彼らは『勝手にしろ』と言われたので、本当に勝手にしていただけかも。
ソウマやハルコは、すごくいい人で、彼女はとてもお世話になった。
大好きな人たちだ。
ただ、少しカイトには遠慮がない。
でもまあ、それが友達というものなのだろう。
友達…。
メイは、ぽつっと思った。
昔住んでいたところには、学生時代の友達が何人もいる。
ここから駅で7つくらい行ったところだ。
彼女らは、どうしているだろうか。
何の連絡も取らないまま、消えてしまった自分を心配してはいないだろうか。
もう少し落ち着いたら、新住所を知らせる意味ででも、ハガキを出そうと思った。
結婚して、元気でやってます―― その一言だけでも伝えたら、きっとみんな安心してくれるに違いなかった。
「それじゃ、失礼するわね」
ハルコの声で、はっと我に返る。
カイトは怒鳴ってはいなかったけれども、ようやく振り返って、お客たちを睨んでいた。
「あ、下まで…」
送ります、と言おうとしたのに。
「すんな!」
ついに、怒鳴り声が出てしまった。
「と、言うワケだ…見送りはここまででいいよ」
ソウマは、ぽんっとメイの肩を叩く。
そして、二人で嬉しそうな気配の背中を見せながら、部屋を出ていってしまった。
一緒に、あんな風に。
寄り添うように、歩ける時がくるのだろうか。
こぼれ落ちるほどの、幸せの詰まった背中で。
じっと、閉ざされたドアを見つめたまま、メイはぼんやりしてしまった。
自分の背中の視線に気づいて、はっと振り返る。
カイトが、椅子の背もたれに肘をかけるようにして、こっちを見ていた。
怒っているような目。
やっぱり、今日の出来事が気に入らないのだろう。
一番の原因は、『結婚式』としか思えなかった。
「あ、あの…」
今日のカイトの本当の気持ちを聞きたいのに、うまくそれを口に出すことが出来ない。
言いかけて、黙り込んでしまった。
ガタッッ。
カイトが椅子を動かして立ち上がる。
近づいてくる。
腕を伸ばされて―― ぎゅーっと。
温かい身体と、強く密着する。
「んなツラ…すんな」
どんな顔をしているのだろうか、自分は。
もしかしたら、いまの二人を見ていて物欲しそうな顔でもしていたのか。
そうじゃないの。
確かに、彼らの存在はすごくステキで羨ましいものだ。
けれども、そうなれなかったとしても、カイトと一緒にいられればそれでいいのである。
彼と一緒に幸せになれるのなら、どんな形だってよかったのだ。
ぎゅっと抱きしめ返す。
ほら。
メイは思った。
こんなに、幸せ。




