01/16 Sun.-5
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結婚式!!!
まったく予想外のカウンターパンチをくらって、カイトはしばらくクラクラしていた。
自分とは、いままでまったく無関係だった、とんでもない言葉だったからだ。
結婚式。
それは、二人が人前で永遠の愛をちか―― がー!!!!
そんなこっぱずかしいことを、このカイトが出来るはずがなかった。
人前というのは、このソウマの前であり、ハルコの前であり、その他、よく分からない連中の目の前に、自分が恥ずかしい格好をして立たなければならないということだ。
しかも、そんな奴らの前にメイを引きずり出して、見せ物にしなければならないというのである。
耐えられるはずがなかった。
式などしなくても、彼らは夫婦なのだ。
名実でいうならば、婚姻届という実の方だけは、もうしっかり掴んでいるのである。
これ以上は、必要ない。
この瞬間、カイトはそう考えていた。
だから、この悪魔夫婦の提案など、考えるまでもなく、却下! 却下! 却下!!!
かなり本気で吠えて、彼らにそんな計画が無駄であることを知らしめようとした。
の。
はずだった。
「あら…でも、結婚式くらいちゃんとしないと…それに、ウェディングドレスは、女の子の夢ですもの…」
しかし、ハルコの視線はメイに向けられた。
ハッッ!
カイトも、つられて横に視線を向けると、そこには膝の上に白いヴェールとやらを乗せたまま、落ち着かないように座っている彼女がいた。
その、ヴェールをなでるような指の動き。
さっき。
振り返った瞬間は、心臓が止まるかと思った。
彼女に、その布っきれが乗っかっているだけで、いきなり違う存在にさえ思えたのだ。
白いヴェールの内側から、彼女の顔が透けて見える。
でも、はっきりと見えるワケじゃない。
ぼやけて、しかし、そこにチョコレート色の目があるのは分かった。
自分を見ていたのも。
今のメイは、普通の服だが。
もし、それがハルコの言うようなウェディングドレスだったりした日には―― カイトの心臓は、本当に止まってしまうかもしれない。
必死でその姿を想像しようとしても、うまく出来なかった。
たとえ出来たとしても、現物には到底及ばないに違いない。
どんなにシミュレーションしても、きっと心臓は穏やかにその事実を受け入れたりしないだろう。
メイの方は、というと。
「あの…でも、別に…」
別に?
カイトのアンテナが反応する。
彼に、女の夢や希望なんてものは分からない。
しかし、いまメイが口にした、濁ったような言葉には、いろんな気持ちが混ざっていたような気がする。
淋しい、みたいな音も混ざっていたような。
「ダメよ、遠慮なんかしちゃ。一生に一度しか着られないのに…後から着ればよかったって思っても、もう遅いのよ」
更に、ハルコがたたみかける。
後から。
これから、二人はずっと婚姻関係だ。
10年たって―― もしも、彼女がぽつりと言ったら、カイトはどうすればいいのか。
『ウェディングドレス…着たかったな』、と。
彼女のとこだ。
10年たっても、言ってくれないかもしれない。
たとえ、本当にそう思っていたとしても、カイトは一生知らないままなのかも。
そう思うと、ゾッとした。
彼は、絶対にメイを幸せにしたいと思っている。
願いも何だってかなえたいと思っている。
しかし。
いまのカイトは、彼女にウェディングドレス一つ着せていないのだ。
そして、自分がイヤというだけで、その芽を摘み取ろうとしていたのである。
うー、あー。
カイトは、内心でうなった。
自分は何も着なくてよかったけれども、彼女にだけは着せてやりたかった。
というよりも、自分は絶対着たくないのだが。
しかし、式を挙げるということを認めると、目の前のあの夫婦の勝利になってしまう。
そんなのはイヤだった。
だが。
けれど。
メイが。
いや。
うー。
あー。
カイトの葛藤の結果が、そんなうなり声になってしまったのだ。
ちらりとメイを横目で見る。
うつむいたまま、彼女は迷ったような目をしていた。
迷って。
そう感じた瞬間。
「勝手にしろ!」
カイトは、怒鳴りちらしていた。
こんなに理不尽なことはなかった。
彼は、ソウマたちに自分の運命を握らせてしまったのだ。
結婚式などが、どういうもので出来上がるかなんてカイトは知らなかった。
しかし、面倒でカイトには耐えられないようなものがてんこ盛りであることも、何となく想像はついたのである。
もし、彼にその途中経過の作業をさせようものなら、おそらくどこかでキレて、ちゃぶ台をひっくり返すような真似をしかねなかった。
となると、メイを悲しませることになる。
だから―― 自分の運命を、このお節介連中にたたきつけたのだ。
こんな我慢は、普通なら絶対にしたくない。
死んでもイヤだった。
しかし、自分が死ぬよりも、彼女が遠慮する方が、もっとイヤだったのである。
クソッッ。
いろんな結果は、その一言に凝縮される。
前の席で、許可が出たことに喜んでいる夫婦にもハラが立つが、横から心配そうな視線が向けられるのもハラが立つ。
大体、メイは、自分で言えばよかったのだ。
ウェディングドレスが着たいと。
そうすれば、カイトはすぐに連れ出して、とにかくドレスを買って、そのまま教会でもどこでも連れ込んで、式の3つくらい挙げたのだ。
そうすれば、ソウマたちにバレることもなく、二人きりの思い出で終わったのである。
けれども。
それじゃあ、カイト流の押しつけ結婚式になる。
メイには、彼女の希望がきっとあるに違いない。
それを多分、一番正確に選んでやれるのが―― ムカつくことだけれども、あの夫婦であることは間違いなかった。
オレが。
そう思っていても、式一つ思いつかない唐変木なのだ、自分は。
他に残っているものがないかとか考えたけれども、カイトは何も思いつけなかった。
結婚式という、スーパースペシャルデラックスな津波をかぶってしまったのだ、ほかの小波のことに気づくはずがない。
しかし、いま気づいたこともある。
いつまでも、ソウマ夫妻がここにいる必要性はないということが。
式でも何でも許可を出したのである。
後は、家で二人ででも勝手にやってくれ、というところで。
カイトは、彼らを追い出そうとした。
すると。
何と。
「そういえば、おまえは仕事中みたいだな…邪魔をしてはいけないだろうから、彼女だけ借りて、ほかの部屋で相談してもいいぞ」
などと、信じられない方向に話が進もうとするのだ。
要するに―― メイだけを、この部屋から連れ出そうとしていたのである。
いまだ、ちっとも満足した気になっていないカイトから、彼女を奪おうという気なのだ。
いくらソウマ夫妻であったとしても、いまの彼にとっては、万死に値するような所行である。
ふざけるな、と食ってかかろうとしたのに。
「あの…そうですね。お仕事の邪魔しちゃいけないですから…」
メイまでもが、それに同意するかのように席を立ち上がったのである。
ガーン!
カイトのショックは、口には出せないほどだった。
彼が動揺している間に、話はどんどん進んでいく。
自分以外のみんなが、この部屋から出ていく準備などを始めたのだ。
連れ去ろうとするのだ。
カイトから。
そんなのは。
「邪魔じゃねぇ!!!!!」
カイトの怒鳴りは―― 地獄への扉を開けることとなった。




