急転直下
背中に回された両腕や、頬で感じる先輩の鼓動……密着した身体から、伝わる香りや体温に酔わされる。先輩の胸の中で凛の頭は混乱するばかりだった。
やっとのことで、恐る恐る小さな声を出す。
「先輩……これ、何ですか?」
「……ハグ」
その解答に、凛は一瞬沈黙した。
……ぼけてる。
先輩、疲れて頭のネジが外れたんだろうか。
「いや、何のハグですか?」
先輩の胸を両手で押し返し、その身体から離れながら凛が尋ねる。
先輩は何故か、やれやれと言った顔でため息をついた。
「男女のハグの意味なんて一つでしょ。渡した芝居の台本読んでないの?凛ちゃんは、恋愛ってもんが分かってないね」
先輩の意味する所に気づいた時、凛の頬は一気に真っ赤に染まった。
「あ、気づいた。わかりやすっ」
先輩はいたずらをした子供のように楽しそうに笑った。
からかわれているのではなさそうだ。先輩は微笑みながらも、どこか真剣である。
そして柔らかい表情のままで、はっきりと凛に告げた。
「凛ちゃんが好きだよ」
凛は耳までほんのりと染まり、その言葉に息をつまらせた。
好き?先輩が、あたしを?
先輩、今までにそんな素振り見せたこともなかった。
そんな風に思っていただなんて……
沸き上がるのは、痛みだった。
心が削れるように痛い。
あたし、大好きな先輩の気持ちに応えられない。
だって、こんな時でさえも頭に浮かんで来るのは、切れ長の目を細めて綺麗に笑うあの人だ。
こんなに大切な先輩を、あたしは傷つけることになってしまう。
黙ってはいけないと焦り、自分を駆り立てるが、沈黙のまま気まずい時間が流れる。
苦しくて声が出ない。そして、彼にかける言葉が見つからない。
凛の様子を微笑んで見ていた律先輩は、ふと目を細めて言う。
「無理しなくていいよ。凛ちゃんが俺を恋愛対象として見ていないのは、気付いていたから」
「……せ、先輩」
「ただ、俺がそういう風に思っていることを知っていて欲しくて」
そう言って、先輩はあたしの頭を撫でた。
戸惑い、どうしてよいか分からない、あたしを安心させるような優しい手だった。
優しくされるのが、こんなにも辛いなんて。
先輩は自分の格好を眺めて顔を顰め、自嘲した。
「それにしてもひでぇ格好だな。俺なんでこんな格好で告ったんだろ。もっと場所とか、ムードとか、色々あんのにね?」
ね?と同意を求めるように凛を見上げるが、凛は何とも言えるわけがなく、困ったように首を傾げた。
すると先輩が神妙な顔をして、当然のように凛に告げる。
「いやもう気持ち伝えたからには、俺の前でそんな可愛い顔するとまたハグするからね?」
……爆弾発言が投下された。