軽井沢でカフェバイト、二日目
翌日の二日目は日曜日であったため、昼下がりのカフェはとても賑わった。
昼ご飯を食べる余裕もなく凛・緑・透の三人は、フル稼働で働き、店内をせわしなく歩き回っている。
お腹空いたぁ……
凛は注文を取りながら、小さな音を立てて空腹を訴えてくる自分のお腹を抑えた。
運んでいるのが、おいしそうなケーキと言うのもまた辛い一因であり、空腹感に拍車をかけた。
お客さんへ差し出しながらも、そのケーキを未練がましく目で追ってしまう。その目はもはや涙目と言える程に潤んでいて、お客さんは怪訝そうに皿を受け取った。
「凛ちゃん、洗い物!奥で洗い物してきてっ!」
厨房から慌ただしい声がかかり、凛はよたよたと疲れた足で奥へ向かった。
厨房の奥の洗い場は少し離れた所にあり、日が差さない涼しい場所だ。
覗き込むと冷んやりとした空気を肌で感じた。だが、そこには大量の洗い物が詰め込まれていた。
これは早いうちに片付けないと!
そう思い、食器に手をかけようとした凛の視界を何かがかすめた。
ボールに入り氷水で冷やされた、ふわふわでピンクの苺クリーム……
それを目にした瞬間、凛のお腹はここぞとばかりに空腹を主張し始めた。
思わず両目を自分の手で塞ぐ。
だめ!あたしはお手伝いの最中だし、これは売り物だし、いくらお腹が空いていたって……!
……ちらり。
指の隙間から再びそれを見ると、いかにも美味しそうに輝きを放っている。
……まぁでも、あたし午前中たくさん仕事頑張ったよね?
オーナーさんも少しくらい何か口にしたって、怒らないよね!
……よし。
凛は近くにあった小さなスプーンを取ると、苺のクリームをすくい上げ、口へ運んだ。
おいしい~!
凛の表情が一気に緩む。ほんのりとした苺の甘さと香りに、溶けそうになった。
口の中で広がる幸せな味に、満面の笑みがこぼれる。
しかし苺のクリームにすっかり夢中になって、凛は気付かなかった。
洗い物を持ってきた透に一部始終を見られていたことを……
堪えきれなくなって笑いだした透の声に、凛はそこで初めて気付き、その顔が一気に真っ赤になった。
流し台に洗い物を置き、入り口にもたれて肩を震わせ、横目で凛を見て言った。
「幸せそうな顔」
「い、いつから見てた?」
「食べようか迷ってるあたりから……」
「そんな前から!?もう、声かけてくれたらよかったのに!」
真っ赤になった凛はスプーンを振り回した。
透は凛に近付くと、その手からやんわりとスプーンを奪い取る。そして傍のボールからクリームをすくうと、形の良い薄い唇に運び入れた。
「……甘っ」
目を細くしてそう呻き、透は軽く舌を出した。
そしてその仕草に目を奪われ立ち尽くす凛を振り返ると、口の端を上げて綺麗に微笑んだ。
「これで俺も共犯」
スプーンを流しへ置き、体をほぐしながら厨房の方へ戻っていく透の背中。凛はそこから目を離せず、鳴り止まぬ心臓の痛みを感じた。
今の、笑顔。
その低い声に、仕草。
心を支配した、初めての感覚に戸惑いを隠せない……
透のことを、「誰にも見せたくない」と思ってしまったのだ。