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僕らの猫  作者: みー
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解けない難題


それから透は、少しずつではあるが凛と話すようになっていった。

まだまだ仲良くとは言えないが、挨拶も、返事もちゃんと返ってくる。ごくたまにではあるが、緑も交えて世間話をすることもあった。


しかし何せ東都大学に通う彼は忙しく、課題や研究に追われる日々を送りながらも、隙を見てはサッカーに励んでいるようだった。


凛はというと、律先輩に会った日からすっかり演劇の魅力に惹かれていた。

最初のうちは先輩が昔使っていた台本や、戯曲の原作の本を借りていた。しかしそれには飽き足らず、遂には自ら洋書を買い、翻訳の作業まで試みていた。


先輩と過ごす時間は次第に長くなり、一緒に食事をしたり、稽古場を見学しに行ったり、兄のように慕い始めていた。


ある夜、稽古帰りの先輩とカフェで落ちあった凛は、他愛もない話をして過ごしていた。


「前先輩に借りた台本あるじゃないですか。フランスの……」


「あぁ、あの悲恋ものね。救いようもない男にのめり込んだ貴族の女が身を持ち崩す、なんか痛い話だったよね」


「はい。でもわたし、あそこまで人を好きになれることは、それ自体に価値があるかと思うの。自分が経験したことないからかもしれないけど、一体どんな気分なんだろうって」


両手で包んだグラスの中の、氷を眺めながら凛がそう言う。

先輩は、そんな凛を横目に、内心でため息をついた。


まるで小学生のような疑問。だが、彼女は真剣に「好き」とは何かを考えている。


「独占欲に近いものだと思うよ」


律の言葉に顔を上げ、目を丸くする凛。


「独占欲?」


もっと美しく、たおやかな答えを想像していたのだろうか。思わぬ答えに少し抵抗があるようだった。


「そう。凛ちゃんには感じたことがないかもしれないけど、僕からすればそれは的を射ているよ。例えば最初は笑った顔が、そして心の弱さが、自分だけに見せるものであってほしいと願うようになるんだ。そのうちに、誰の目にも留めたくないとすら感じるようになる、かも」


凛は明らかにうろたえた様子で、自分の両手を頬にあてて眉を下げた。


「そ……そんなにですか?」


「ま、極端な例だとこんなもんかな?」


「律先輩は、彼女さんのことそういう風な目で見ていたんですか?」


「はは、残念ながら、そこまで好きになれた女の子はいないね。だけど僕は、本気になったら独占欲はやっぱ強いんじゃないかと思うな」


そうして、目の前で困り果てた表情を見せる凛にも。

他の人には見せたくないという気持ちを、少なからず抱いているのだが……

それはとてもじゃないが今は口に出せそうにない。

代わりに、こう尋ねてみた。


「凛ちゃんはさ、さっき経験したことがないって言ってたけど、今も本当に思い当たる人はいない?」


「い、いませんよ?」


小さな体をさらに縮めて、細い声でそう答える凛は、恥ずかしさからかほんのり顔を赤らめている。

その姿にけらけらと先輩は笑い、凛の頭を雑に撫でた。


「そんな純粋だと先が思いやられるよなー。まぁ、大丈夫だよ。もしそんな人が現れれば…」


凛の瞳を覗きこみ、先輩は低く囁いた。


「気付かずにはいられなくなるんだ、自分の気持ちに」


気付かずには、いられない……

いつかわたしも、そんな気持ちになるのだろうか?


知恵熱の出そうな頭を抱えて、凛は解けない難題を持ち帰ったのだった。

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