凛と透の一日
ある日、凛と透は二人で一日を過ごすことになった。
たが、透はほとんどの時間を自室で過ごすために、凛は彼が何をしているのかも把握すらしていない。
出会ってからの日々を思い返してみれば、話した言葉は数少ない。
嫌いではないと言ってくれたから、これからは凛が仲良くなろうと頑張っても構わないはずだ。
今日はチャンス!(緑がいたら透くんは緑とばっかり喋るから)
今日こそまともに話せるルームメイトになってみせるっ!
そう意気込んではみたが、透は自室にこもりきり。
リビングのソファーにしゃがみ、透の部屋の扉を睨んで凛の午前はすぎてゆく。
いつになったら出てくるんだろう。お昼?あ、お昼ごはんの時間になれば出てくるか。
……お昼ごはん!!
凛はあることをひらめき、ぱっと顔が明るくなった。
緊張しつつ透の部屋の扉をノックした。少し間が空いて、はい、と返事がかえってきた。
開けて中を覗くと、パソコンに向かって透が何かを打ち込んでいる。傍にはいかにも難解そうな研究書が数冊広げてあり、化学式だか暗号だかわかんない何かが連なっていた。
「透くん、お昼ごはん何がいい?」
手を止めて透が扉を振り返った。
あっ、眼鏡してる!
これはまた知的な……
初めて見る透の眼鏡姿になぜか奇妙な感動を覚えていた。
「任せるよ」
そんな短い言葉で済ませようとする透に、凛はなおも食いついていく。だって今日はまともに会話するって決めたのだから!!
「今日は、透くんの好きなものにしようと思って!」
突然そんな予想外のことを言われ、明らか戸惑っている透。
それでも真剣に考えてくれた。
うーん…じゃあ……と腕を組んで首を傾げる。
「……えび」
「え、えび?」
聞き間違いかと思った凛は、思わず聞き返してしまった。だが透が頷いたので、やっぱえびかと納得。(ちなみにこの後すぐに透は作業再開してしまったため、会話進まず)
失礼しました……と扉を閉め、息を吐く。
えび!えびだって!
意外すぎるっ、可愛いっ。凛は笑いがこらえきれなくなり、リビングを小躍りして回った。
この後すぐに調理に取り掛かった。腕によりをかけ、いつも以上に気合を入れ、透と話せるルームメイトになるため頑張った。
そして正午。自室から伸びをしながら出てきた透は、リビングに広がるいい香りに気付いたようだ。
キッチンで透が来るのを今か今かと待ち受けていた凛は、じゃーん!と、フライパンを開けた。
「エビピラフー!」
その彩りの良さと香り(と凛の妙な気合)に透はおぉ、と小さな歓声をあげる。
温かいオニオンスープ、サラダ、透の好きなえびが大量に入った特製のエビピラフ。透は素直においしそうだと思った。
「透くんには、ピラフのおこげの所と、えびをいっぱいいれておいたからね!」
「ありがと。いただきます」
「食べて食べて!」
ピラフを一口運び、味わって食べる。うわ、これは本当にうまい。透は改めて凛の料理の腕に感心した。
「どう?おいしい?まずい?」
顔をあげると、凛は身を乗り出して透に聞いてきた。その表情は真剣そのもの。まるで褒められるのを待つペットのよう。
「おいしいよ」
透が本心から、凛の目を見てそう言うと、凛の顔に花が咲くように満面の笑みが広がった。
「わー!嬉しいーっ!」
自分で何度も手を叩いて、踊り出しかねない喜びよう。そんな凛を見て、よっぽど気合いれて作ったんだな、と思った。
……これには可愛いと思わずにはいられなくて。
透は思わず微笑んだ。
その透の笑顔を見た凛と言えば。喜んでいたのも忘れて頬を真っ赤に染め、本来の目的を放棄ししおらしくなり、すっかり話せなくなってしまった。
あたしおかしい。なんか心臓が変になっちゃったみたい。
熱の冷めない頬を、手の甲で抑えて必死に冷まそうとするも、なかなかうまくは行かず。
そんな顔されたら、何度だって作りたくなる……。
せっかく作ったピラフの味もほとんど分からなかった。
それでも透の笑顔が見れたのは、今日一番の収穫なのだった。