緑と透の一日
「あれ、凛は?」
爽やかな日曜の朝。リビングに入ると、キッチンには透が立っていた。
「バイトの親睦会らしいよ」
「ええーっ!?私今日は凛と二人で映画でも見ようと思ってたのに!」
透が小馬鹿にしたようにわざとらしくため息をつく。
「昨日夕飯のとき言ってたからね。聞いてなかったろ」
「うざっ!」
緑はそう吐き捨て、座って朝食を待つ。
凛に対する反応と大きな違いである。
透が簡単な朝食をテーブルに並べていく。
凛が作るような、前の晩から煮込んだスープや、ペーストから作ったサンドウィッチはない。ただトーストしただけの食パンに、目玉焼きとサラダ、ヨーグルトだった。
男の子が用意したものにしては十分すぎるはずなのだが、緑はいかにも不服そうに鼻を鳴らした。
「おっまえ、態度悪すぎ。もう食うな」
「何も言ってないじゃない、食べるわよケチ」
透から皿を受け取り口へ運ぶ。
「あぁあ、凛がいないと暇ー。今日することなーい」
そう言って口をとがらせる緑に、透は一枚のメモを差し出した。
「何よ?これ……あ。」
一時間後、二人は近所の大型スーパーにいた。
凛が残していった一枚のメモ、買い物リストを片手に、食品売り場を回る。
透にカートを押しつけ、緑は悠々と先を歩いていく。
「えっと豚肉、卵とかいつものはもう買ったでしょー?あとはオリーブ…とピクルス、ナツメグ?なんか洒落たもんばっかりね」
「まぁ作るのがあいつだからな」
緑は透に向って振り返り、にやっと笑った。
「あいつ?……凛、って呼んであげないの?」
「うるさい」
「やっと凛と喋るようになったわねー。あんなに関わらないとか言ってたくせに!やっぱり凛の可愛さに恐れをなしたか。ちょろいわー透」
透は緑を無視して、オリーブの缶を手に取る。
そのそっけない態度がおかしく感じられる。
否定しないのね、と緑は嫌味に笑いながら透の腕をつついた。
ファーストフードでお昼ご飯を食べ、後部座席に大量の食料品・生活用品を積み、透の車で帰路に着く。
車内には緑の好きなハウスミュージックが流れ、助手席でノリノリの緑が身体を揺らす。
平坦な道なので、透は片腕を窓の縁で休め、片手で運転していた。
「器用に運転するわねー。さっすが透」
「この道は運転しやすいから。緑も免許なんてすぐに取れるよ。取らないの?」
「今はいいかなー、運転手がいるし?」
「はいはい」
そんなやり取りをしていた時、突然緑が身を乗り出した。
「あ、そこ曲がって!!」
「どこ寄るの?」
ハンドルを切りながら透は尋ねた。
路端に停車させて、ちょっと待ってて!と車を飛び出す。
一曲終わったところで、すぐに緑は戻ってきた。
片手にレンタルビデオ屋の袋を持っている。
「何借りたの?」
「映画。見ようと思ってたやつ」
「凛と見るって言ってなかったか?」
「やっぱ今日見たい!気分的に!」
帰って二人で映画を見た。緑の映画の趣味は良いので、透も興味ありげにソファの隣に腰かけた。
緑がバイト先のカフェから持ち帰った紅茶クッキーをつまみながら、やはりなかなか面白い映画を、他愛もないことを話しながら楽しむ。
二時間後映画が終わり、緑は伸びをした。
「あぁー、良い映画ね」
「うん、良かった」
エンドロールが終わって少し二人の間にまったりとした時が流れる。
「安心したわ」
「何が?」
「凛と話してくれて」
あぁ、と透が頷く。
「凛ならあんたのこと、たくさん笑わしてくれるからね」
「それは分かんないけど……」
くれるわよ、と緑は微笑む。
まだ会って間もないが、こんなにもたくさんの魅力を感じている。溺愛するほど凛が好きな緑は、その良さをとてもよく分かっている自信があった。
良さと言えば。透の笑顔が昔から好きだったな、と緑は思い出した。
見せてくれるかな?頼んだら、笑ってくれるかな。
「透、あんたちょっと笑ってみてよ」
「は?やだ」
ふい、とそっぽを向かれてしまったので、カチンときた緑は透に近づく。
そして、首の後ろを思いっきりくすぐった。
「あ、ばか、やめろ!」
「いとこをナメんじゃないよ透。あんたの弱点はちっちゃい時から変わらないんだから。首!」
肩を竦めて逃げようとする透が、耐えきれず笑いだす。
「はは、やめて。お願い。もう無理」
息を切らしてそう言ってきたのでやめてあげる。
笑うと透は目を細めて柔らかい表情になり、小さな子供みたいですごく可愛い。
無理やりだけど最近笑った顔が見れなかったから、久々にすごく見たくなったのだ。
願いがかなって、緑は満足げに微笑んだのだった。