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僕らの猫  作者: みー
15/28

棘が溶ける

気付けばマンションにたどり着いていた。先に部屋へ入った透がリビングの電気を点け、玄関で立ち尽くす凛の元に戻ってくる。

凛の顔を見た透は鞄から自分のグレーのハンカチを取り、差し出した。そこではじめて凛は自分が泣いていることに気付いた。次々に溢れ出し、頬を伝っていた。

どうしてだろう?泣くことなんてなにもないのに。だけど不思議と涙はとまらない。

目をこすって止めようとすると、透は凛の目を覗きこんで言った。


「怖かったよね。もう大丈夫だから」


聞き覚えのあるその優しい声。それを聞いて、あたしは怖くて泣いていたんだと初めて気付かされた。


「助けてくれてありがとう……」

「うん。無事でよかった」


少し気持ちが落ち着き透を見ると、頬に掻き傷のようなものがあった。


「頬、怪我してる?」

「さっきの奴の爪が当たったみたい。すぐ治るよ」

「ごめんね」

「こんなの大したことないから」


それでも迷惑をかけてしまった後ろめたさがあり、また嫌われてしまったらどうしよう、と胸が痛んだ。

肩を落とし視線を下げた凛を見て、透は彼女が何を思っているのか分かってしまった。


「ごめん……」


突然謝った透に、弾かれるように凛は顔を上げた。どうして謝られたのか分からない、という顔で。


「無視なんかしてごめん。嫌っているわけじゃないんだ、ただ少し混乱していただけで」


透は顔を歪めて凛に言った。

その表情は見ていられない程辛そうで、言葉のあまりの悲痛な響き方に凛の心が波打つ。

この人、何を抱えているの?

彼が、誰も知らない深いところに沈んでしまっている気がした。


だが「嫌われてない」というフレーズは凛にとって、今最も聞きたい言葉だった。


「あたし、嫌われていると思った」

「違う。こっちの勝手な都合で関わらないつもりだった。だけどもうやめるよ。……もし許してもらえるなら、明日からは普通にしたいんだけど」


そんなの聞かなくても、答えは決まっている。

嫌われてなかった。なんだか理由がありそうだけど、透くんはあたしを受け入れてくれた。ここの所ずっと悩まされていた胸の棘が溶けたように、心が暖かい。


嬉しい……

幸せを噛みしめるように、凛はふわりと微笑んで「もちろん許すよっ」と言った。




――――――――――――



翌日。


凛にとってはトクベツな一日の始まりである。朝起きて、自分の部屋から出るのに呼吸を整えた。

今日から透くん、あたしと普通に接してくれる。

いつもはあたしが挨拶しても返してくれないけど、今日は違うのだ。どきどき。


一つ大きな深呼吸をし、部屋から顔をのぞかせる。


緑はまだ寝ているようだ。リビングには透くんが一人、テーブルで水を飲んでいる。

あ、こっちに気づいた。


「……おはよう」


バタン!

凛は驚いて扉を閉めてしまった。

まさか向こうから声をかけてくれるなんて!!!

心拍数が異様に上がって、嬉しさで頬が上気する。


一方。挨拶をしたのに扉を閉められた透は、

「……?何がしたいんだろう」


ひとり首をかしげていた。


ふたりの、新しい朝のはじまりである。


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