ズレ。
凛はレストランでバイトを始めて半年になる。
ファミレスのような所ではなく、社会人が仕事の話をしたり、年配の方が静かに食事を楽しむような、シックなお店である。
料理の得意な凛は調理師に混じり、特別に厨房で料理の手伝いをさせてもらっていた。ここにいると料理の基礎が学べて、自分の腕も上がる。他の働き手の人達はみな凛に優しく、とても居心地の良いバイト先だ。
そして人手が少ない時にだけ、接客にまわされる。今日は接客の子が急に来られなくなり、代わりをしていた。
外、暗くなってきたな……
窓の外にはほんのりとライトアップされた植えこみが見える。
とても雰囲気あるこの夜の景色がすきで、いつか緑も連れてこようと思っていた。
カラン、と乾いた音が鳴り、ドアが開いた。
「いらっしゃいませー……!?」
凛は目を疑った。そこに透の姿を認めたからである。
なぜここに?
透は上品そうな女性を連れ立って、二人席に座った。凛はとっさにホールに隠れて先輩バイトの彩花さんに小声で言った。
「す、すみません彩花さん。あたし諸事情であちらのお客様のご注文承れないので、お願いしてもいいですかねっ」
彩花さんは凛のあまりの有無を言わせぬ必死さに了解し、注文を取りに行ってくれた。
誰?彼女?彼女にしては年上すぎませんか!
何はともあれ、とりあえず顔を合わせるわけにはいかない。家でも気まずいのにこんな所でこんばんは、なんて、考えられないっ!
凛は透に見つからないよう細心の注意を払って接客をした。
近くのテーブルに水をつぎに行くだけでも心臓バクバクである。ばれませんように。
しかし本当はすごく気になる。横目で透くんのテーブルを見ると、何が落ち着いて話をしながら上品に夕飯を食べている。
向かいに座る髪のきれいな女性は後ろ姿しか見えないが、きっと美しい人なのだろう。
ちょっと敷居の高いレストランなのに、透くんはさすが様になっているというか、よく馴染んでいた。
彼が遠い人に見えた。
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その後悶々としてしまい、家に帰った凛は、緑にこっそり聞きに行った。
「あぁそれ、お母さんよ。凛のバイト先行ったの、偶然だねー」
「おかあ……さん?」
「両親は中学生のときに離婚していて、それから透は父親と二人で暮らしていたのね。だけど別居した母親とはたまに会っているみたいね」
ご両親が離婚……してたんだ。
これ、あたしみたいな部外者が、聞いてよかったのかな?
さっきの透とその母親の様子を思い出す。物静かで、落ち着いた雰囲気だった。ぽつりぽつりと何かを話しているように見えたが、なんだか親子らしくは見えなかった。
あぁ、だめ。詮索は良くない。
ソファに座っていたらもやもやと考えてしまうから、外に出ることにした。
マンションの廊下をとぼとぼ歩くと、小さな月が薄く空に掛かっているのが見えた。
足を止め、なんとなく、ぼうっと見上げる。
どのくらいそうしていただろう。
足音に我に返り、その方向を見ると透が帰ってきた所だった。
月明かりに照らされたその顔が、一瞬もの悲しげに見えた。
「あのっ……透くん」
凛に気付いていなかったようだ。はっと顔を上げ、凛の姿を捉える。
「おかえり…なさい」
凛は小さくそう言った。
しかし透は返事をすることなく、まるで凛の存在など気付かなかったかのように、横を通り過ぎていった。