演劇と彼
授業終わりにカフェテリアで緑を待ちながら、凛は課題の洋書と格闘していた。
マーカーで塗りつぶされ、使い古された辞典を引きながら、文脈を検討していく。
あぁ、だめー。
完全に行き詰まってしまい、凛は作業を放棄した。カフェオレを口に含み辺りをを見回す。
午後の授業が休講になったために凛は時間を持て余しているが、他の生徒は授業があるのでカフェテリアは閑散としている。
凛は斜め前でうたた寝している男の子に気付いた。
うわぁ……きれいな人!
普段は人の容姿にあまり興味を抱かないのだが、寝ているくせにまるで違うオーラを放つそのひとに、凛は釘付けになった。
この大学にモデルさんとか、芸能人なんていたかしら。
茶髪のパーマがよく似合っていて、片耳に黒のワンポイントのピアスがのぞいている。長いまつ毛と白い肌がまるで欧系の少年のよう。
彼は冊子を見ていたらしい。広げたまま置いてあったため気になって覗き込むと、演劇の台本のようなものに、たくさんの書き込みがしてあった。
役者さん?
凛は彼が寝ているのをいいことに、その台本を小声で読み上げてみる。
「私は人が信じられない。とてもじゃないけど、もう誰かを信じることなどできないのだ……」
悲劇なのだろうか。人間不信の女のセリフは、凛の身体に痛く染みた。
「それではあなたは一人で生きてゆくおつもりですか。私がそれを許すとでも?」
それに対する男のセリフ。目で読んでいただけなのだが、どこかから声が聞こえてきた。びくっ、と飛び退いて、台本から顔をあげるとあの男の子が起きていた。
「ご、ごめんなさい!あたし……」
しどろもどろになる凛を見て、ふっ、と目を細めて微笑む。
「演劇に興味が?」
「いやあの……文学部でたまに題材にするくらいで、詳しくないんです。ただ読んでいたらセリフに見入っちゃって。ごめんなさい勝手に……」
申し訳なさげに凛は彼を見つめた。その姿をじっと見ていた彼は、脈絡なくこう言った。
「暇だったら、練習に付き合ってくれない?」