欲しがりの義妹に転生したようですが、ざまぁが怖いのでお義姉さまのものは何も欲しがりません!
(……待って。ここ、あの小説の世界じゃない!?)
私――エレナが自分の前世を思い出したのは、十歳のお誕生日のことだった。
私の母は、妻を亡くした伯爵家へ後妻として嫁いだ。
そして私には、ひとつ年上の美しい義理の姉――アイリスお義姉様がいる。
前世の記憶が戻った瞬間、私の脳裏に冷や汗が吹き出した。
なぜなら、ここ前世で読んだ大人気小説『偽りの妹と真実の愛』の世界だからだ!
小説での「エレナ(私)」は、欲張りで浅ましい悪役令嬢。
母親と結託して義姉アイリスのドレスや宝飾品を奪い、最終的にはアイリスの完璧な婚約者まで横取りしようとして――物語の終盤、激怒したアイリスとお義姉様を愛する人々によって、実家ごと凄惨な「断罪」を喰らって破滅する。
(無理無理無理!! ざまぁなんてされたくない!!)
あの小説のラスト、悪役義妹の末路は「寒村への追放&一生粗衣で開墾作業」だ。
インドア派の私にそんな生活が耐えられるわけがない!
「エレナ、どうしたの? 具合でも悪いのかしら?」
目の前で、天使のような金髪と紫水晶の瞳を持った少女――アイリスお義姉様が、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「い、いえっ! なんでもありませんお義姉様! お元気100倍です!」
「ふふ、なら良いのだけれど。……はい、これ。エレナのお誕生日のプレゼントよ」
そう言ってアイリスお義姉様が差し出してきたのは、可愛らしいピンクのリボンが飾られた、高級感のある小箱だった。
(ひえっ……! 試されている!? これを受け取ったら『お義姉様のものを奪った』カウントになってフラグが立つのでは……!?)
「い、いただけません! 私のような連れ子が、お義姉様の貴重なプレゼントを受け取るなんて恐れ多すぎます! どうぞご自分でお使いください!」
私は直立不動で深々と頭を下げ、素早くバックステップを踏んだ。
「えっ……? で、でも、あなたのために選んだのよ?」
「お気持ちだけで白飯が十杯食べられます! お義姉様の美しさを引き立てるために、そのリボンはお義姉様がお付けになるべきです! それでは失礼いたしますっ!」
私は脱兎のごとく自分の部屋へと逃げ帰った。
これが、私の「全力ざまぁ回避生活」の始まりだった。
それからの私は、とにかく「お義姉様のものは何一つ欲しがりません」の徹底に努めた。
母様が「エレナ、アイリスのあのドレス、あなたに似合いそうだから譲ってもらいましょうか?」などと危険な発言をしようものなら、
「滅相もございません母様!! あのドレスはアイリスお義姉様の神々しい美しさがあってこそ映える芸術品! 私のようなパンくずみたいな人間が着たらドレスに対する冒涜です!!」
と全力で母様を説得(圧迫)して止めさせた。
また、食事の席でアイリスお義姉様が「このショートケーキ、エレナにあげるわ」と苺の乗ったケーキを差し出してくれば、
「お義姉様! 苺はビタミンCが豊富でお肌に良いのです! お義姉様のお肌がツヤツヤになることこそが我が家の利益! 私はこちらの乾いたパン耳で十分でございます!」
と固辞し、パンの耳をガリガリと齧ってみせた。
とにかく、私の基本方針はこうだ。
1. お義姉様の所有物・権利には指一本触れない。
2. お義姉様を極限まで持ち上げ、味方(あるいは無害な置物)だと認識してもらう。
3. 18歳になったらひっそりと平民になって静かに暮らす。
完璧だ。これなら「ざまぁ」の対象になる理由がどこにもない。
……しかし。
私のこの必死の行動は、アイリスお義姉様の目には「まったく別の意味」として映っていたらしい。
「エレナ……」
ある日、お茶会で一人隅っこに座り、一番安い薄い紅茶を飲んでいた私のもとへ、アイリスお義姉様がうるうると涙を浮かべながら歩み寄ってきた。
「お、お義姉様!? どうされたのですか!?」
「あなた……いつも私に遠慮して、自分はボロボロの服を着て、安っぽいパンばかり食べて……! 私に気を使って、欲しいものも『欲しくない』って嘘をついているのね……!」
(えっ???)
「違うんです! 本当に欲しくないんです! むしろ贅沢するとバチが当たって追放されそうだから自主的に慎んでいるだけで――」
「言わなくていいのよ、エレナ! あなたがどれだけ私を敬い、気遣ってくれているか……私、やっと分かったわ!」
ギシッ、と力強い力で抱きしめられる。
お義姉様の甘い香りと柔らかな体温に包まれながら、私の頭の中は「???」でいっぱいになった。
「私、決めたわ。世界中の誰があなたのことを連れ子と蔑もうと、私があなたを世界一幸せな妹にしてみせるわ!」
「えっ、あ、はい……? でも私、平民の開墾作業さえ免れればそれで満足なのですが……」
私の意思とは裏腹に、なぜかお義姉様の「妹愛」が爆発的に高まり始めていた。
数日後。
我が伯爵家に、最大の「破滅フラグ」がやってきた。
アイリスお義姉様の婚約者――ルーク侯爵令息である。
小説において、ルーク様は美貌と地位を兼ね備えた完璧な貴族だが、悪役義妹(私)の手管に引っかかり、アイリスお義姉様を傷つける愚かな男……そして最終的にはアイリスに冷たく切り捨てられて失脚する、いわゆる「ざまぁされる側の男」だ。
つまり、私にとっても、お義姉様にとっても、近寄るだけでロクなことがない歩く危険物である。
屋敷の応接間に現れたルーク様は、確かに小説通りの超絶イケメンだった。
艶やかな黒髪に、射抜くような青い瞳。
「初めまして、エレナ嬢。アイリスの義妹になられた方ですね」
ルーク様が私に向かって、優雅に手を差し伸べ、微笑みかける。
(ヒエッ……! きた! 小説の接触イベント!!)
小説では、ここで私(悪役義妹)が上目遣いで「ルーク様ぁ♡」と手を握り、お義姉様から奪う第一歩を踏み出すのだ。
ここで手を握ったら死ぬ! 物理的に未来が死ぬ!!
「失礼いたしますッ!!」
私は差し出されたルーク様の手を勢いよくスルーし、そのまま壁際まで超高速で退避。バシッと直立不動の姿勢を取った。
「……え?」
ルーク様の手が空中でピタリと止まる。
「ルーク様! お義姉様の婚約者様であられる貴方様に、私のようなものが触れるなど不敬の極み! どうぞ私など存在しない空気、あるいは観葉植物の一種とお考えいただき、お義姉様との甘いひとときをお過ごしくださいませ!!」
「あ、いや……挨拶をしようとしただけなのだが……」
「挨拶など不要にございます! 私のことは『緑の鉢植え』とでもお呼びください! それでは失礼いたします!」
シュバッ!! と残像を残すほどの素早さで応接間から立ち去る私。
後ろからルーク様の「な、なんだあの令嬢は……?」という困惑の声と、アイリスお義姉様の「もう、ルーク! エレナはシャイなのよ! あんなに怖がらせてどうするの!」というお叱りの声が聞こえてきた。
(よし……! これでルーク様とのフラグは完全に折った! 私はただの空気! 害のない鉢植え!!)
勝利を確信し、私は自室で胸を撫で下ろしたのだった。
しかし、世の中というものは思い通りにいかないものである。
危険物(ルーク様)を徹底的に避けるようになってから数週間。
なぜかルーク様が、頻繁に伯爵家へやってくるようになった。
しかも、やってくるたびに私へ大量のお土産(高級なお菓子や可愛らしいぬいぐるみ)を持ってくるのだ。
「エレナ嬢。今日の差し入れだ。君の好きなイチゴのタルトを買ってきた」
「……ルーク様。何度も申し上げますが、毒味なら他の侍女にお任せください」
「毒味じゃない! 君へのプレゼントだ!」
ルーク様はなぜか少し顔を赤くしながら、必死にタルトを差し出してくる。
(なぜだ……? 小説のルーク様は、自分に媚び売ってくる女が好きだったはずでは? なぜ露骨に避けて、目も合わせない私に執着する??)
「ルーク様、私にはお義姉様という絶対的ヒロインがいらっしゃいます。私に構う時間があるなら、お義姉様にバラの花束の一本でも贈られてはいかがですか?」
「アイリスにはもう贈った! ……というか、君はなぜそうやっていつも自分を卑下し、私から逃げ回るんだ? 私がそんなに嫌いか?」
「嫌いとか好きとか以前に、命が惜しいのです」
「命!?」
本音を漏らすと、ルーク様はハッとしたように目を見開いた。
「そうか……君は、後妻の連れ子という肩身の狭い立場で……我が侯爵家のような高位貴族に関わることで、周囲から嫉妬され、いじめられるのを恐れているのか……! なんて健気で、奥ゆかしい令嬢なんだ……!」
(ち、違う!! そういう美しい話じゃない!! お前に関わると『ざまぁ』の連座で私が開墾作業に行かされるから嫌なんだよ!!)
私の心の叫びも虚しく、ルーク様の瞳に怪しい熱が宿り始めた。
「安心しなさい、エレナ嬢! 君のその奥ゆかしさと健気さ、私が守ってみせる!」
「いや守らなくていいです! 頼むから放置してください!!」
そこに、噂を聞きつけたアイリスお義姉様が怒り心頭で踏み込んできた。
「ちょっとルーク! 私のエレナに馴々しく話しかけないでちょうだい! エレナが困っているでしょう!」
「アイリス! 私はただ、君の妹の不遇な境遇を察してだな――」
「エレナは不遇なんかじゃないわ! 私が世界一愛している自慢の妹よ! あなたなんかに渡さないわ!」
「渡さないって、私は別にそういう意味で――」
二人が私を挟んで言い争いを始める。
(待って……? 小説の展開と違いすぎない……!?)
小説では「姉妹が一人の男を奪い合う」はずだったのに、
現実では「姉と婚約者が、なぜか私(義妹)の取り合い(?)をしている」という謎の地獄絵図が完成していた。
それからというもの、私の平穏な(はずだった)毎日は、想像とは全く違う方向へ転がり始めた。
まず、私の母様。
私があまりにもお義姉様を持ち上げ、贅沢を拒否するため、「あら……私たちが欲を出すと、エレナが肩身の狭い思いをするのね……」と反省し、すっかり大人しい良妻賢母になってしまった。結果、悪妻として断罪されるフラグが消滅。
次に、アイリスお義姉様。
「エレナに美味しいものを食べさせたい」「エレナに可愛い服を着せたい」という謎の使命感に燃え、毎日私をドレスの着せ替え人形にし、高級スイーツを口に運んでくるようになった。
「ほらエレナ、あーん♡ 私が焼いたクッキーよ」
「お、お義姉様……ご自身でお召し上がりを……」
「ダメよ! エレナが食べないと私、悲しくて泣いちゃうわ!」
「食べます!! 喜んでいただきます!!(※お義姉様を泣かせたら民衆に刺される)」
そして、ルーク様。
私に避けられれば避けられるほど「あの健気な令嬢の心を解きほぐしたい」と謎の情熱を燃やし、事あるごとに我が家にやってきてはアイリスお義姉様と「どちらがエレナに気に入られるか」バトルを繰り広げている。
「エレナ嬢! 今日は君のために珍しい魔導書の写本を持ってきたぞ!」
「ルーク、しつこいわよ! エレナは今日、私とお庭でお茶会をする約束なんだからあっちに行って!」
(……おかしい。私の計画では、18歳になったらひっそり平民になって、のんびり暮らすはずだったのに……)
二人の視線がバチバチと火花を散らす中、私は縁側(のようなテラスの隅っこ)で、お義姉様が淹れてくれた最高級の紅茶をすすった。
「あの……お二人とも……私、本当にお義姉様の持ち物も、お義姉様の婚約者様も、何一つ欲しくないのですが……」
「「分かっているわ/分かっている!」」
二人同時に即答された。
「エレナは欲がないからこそ素晴らしいのよ!」
「そうだ! 君のその無欲さこそが至宝だ!」
「……はあ」
どうやら私は、破滅フラグ(ざまぁ)を回避することには完璧に成功したらしい。
……ただ代わりに、「義姉と(なぜか)その婚約者から異常に溺愛される」という、原作のどこにも書いていなかった謎のハードモード(?)な日常に巻き込まれてしまったようだ。
(まあ……開墾作業よりは、100万倍マシか……)
私は諦めて、お義姉様が口に運んでくれる甘いクッキーをモグモグと噛み締めながら、今日も全力で「何も欲しがらない義妹」を演じ続けるのだった。
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