先生って
昼の光が教室の床に四角く落ちていた。
小さな椅子に座って、円になっていたわたしたちは、いつものようにしりとりをしていた。
「りんご」
「ごりら」
「らっぱ」
順番に、声が弾む。
自分の番が近づいてくると、少しだけ胸がどきどきする。
そして――
「る」
その一音が、ぽんと落ちた。
一瞬、空気が止まる。
「る」は難しい。みんなが知っている。
でも、わたしは知っていた。
「るりちょう」
迷いなく、そう言った。
頭の中には、はっきりと絵が浮かんでいた。
積み木の一つ。「る」と書かれた面に、小さな青い鳥が描かれていた。
だから、それは「ある言葉」だった。
ところが。
先生は少しだけ黙ったあと、困ったように眉を寄せて言った。
「自分で作ったらだめよ」
……え?
意味が分からなかった。
作った?
何を?
だって、あるのに。
わたしは何も言えず、ただ次の子に順番が回っていくのを見ていた。
胸の中に、うまく言葉にならないもやもやだけが残った。
それから何年も経って。
もう「先生は何でも知っている存在ではない」と、当たり前に理解するようになった頃。
ふと、あの場面を思い出した。
あぁ。
知らなかったんだ。
「るりちょう」という言葉を。
それだけのことだった。
あのときの違和感が、すとんと腑に落ちた。
同時に、もう一つの認識もはっきりした。
先生って、特別な存在じゃない。
ただの職業だ。
知っていることもあれば、知らないこともある。
間違えることもある。
――だったら。
せめて、やるべきことはちゃんとやってほしい。
そう思うようになった。
生活指導とか、人格形成とか、立派なことを言う前に。
まずは、勉強。
最低限のところを、きちんと。
アルファベットくらい、中学を卒業するまでに全員が書けるように。
分数の計算くらい、迷わずできるように。
それは理想でもなんでもなくて、基礎だ。
そう思うようになったのは、実体験があるからだ。
中学生の家庭教師をしたときのこと。
一緒に教科書を読もうとしたけど……
単語が分からない。文の構造も追えない。アルファベットがわからない。
中学三年生だよ。
でも、伊達に長く受験生をやってきたわけではない。
だから、「英文和訳」に賭けた。
そこだけは、対策できる。だって、日本語をだもん。
わたしは山をかけた。
出そうな英文をいくつか選んで、日本語訳を丸ごと覚えてもらった。
「意味が分からなくてもいいから、まずはこれをそのまま書くの」
そう言って、何度も繰り返した。
それから、選択問題。
「空欄は絶対に埋めること。分からなくてもいいから、何か書く」
テストを受ける基本。
返って来た答案を見た。
点数は二けた。初めてだとか……
親御さんに感謝されたけど、申し訳ない。
英語の力がついたわけじゃない。
それでも点をとった。
だから思う。
特別なことじゃなくていい。
ただ、基礎をきちんと教えること。
それだけで、変わるものがある。
「るりちょう」を知らなかった先生のことを、責める気はもうない。
でも――
知らないなら知らないでいいから、
せめて、自分の役割くらいは、ちゃんと果たしてほしい。
そういう話だ。
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