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いろんな人がいろんなところで

先生って

掲載日:2026/04/19

 

 昼の光が教室の床に四角く落ちていた。

 小さな椅子に座って、円になっていたわたしたちは、いつものようにしりとりをしていた。


「りんご」

「ごりら」

「らっぱ」


 順番に、声が弾む。

 自分の番が近づいてくると、少しだけ胸がどきどきする。


 そして――


「る」


 その一音が、ぽんと落ちた。


 一瞬、空気が止まる。

「る」は難しい。みんなが知っている。


 でも、わたしは知っていた。


「るりちょう」


 迷いなく、そう言った。


 頭の中には、はっきりと絵が浮かんでいた。

 積み木の一つ。「る」と書かれた面に、小さな青い鳥が描かれていた。

 だから、それは「ある言葉」だった。


 ところが。


 先生は少しだけ黙ったあと、困ったように眉を寄せて言った。


「自分で作ったらだめよ」


 ……え?


 意味が分からなかった。


 作った?

 何を?


 だって、あるのに。


 わたしは何も言えず、ただ次の子に順番が回っていくのを見ていた。

 胸の中に、うまく言葉にならないもやもやだけが残った。



 それから何年も経って。


 もう「先生は何でも知っている存在ではない」と、当たり前に理解するようになった頃。

 ふと、あの場面を思い出した。


 あぁ。


 知らなかったんだ。


「るりちょう」という言葉を。


 それだけのことだった。


 あのときの違和感が、すとんと腑に落ちた。


 同時に、もう一つの認識もはっきりした。


 先生って、特別な存在じゃない。

 ただの職業だ。


 知っていることもあれば、知らないこともある。

 間違えることもある。


 ――だったら。


 せめて、やるべきことはちゃんとやってほしい。


 そう思うようになった。


 生活指導とか、人格形成とか、立派なことを言う前に。

 まずは、勉強。


 最低限のところを、きちんと。


 アルファベットくらい、中学を卒業するまでに全員が書けるように。

 分数の計算くらい、迷わずできるように。


 それは理想でもなんでもなくて、基礎だ。



 そう思うようになったのは、実体験があるからだ。


 中学生の家庭教師をしたときのこと。


 一緒に教科書を読もうとしたけど……


 単語が分からない。文の構造も追えない。アルファベットがわからない。


 中学三年生だよ。


 でも、伊達に長く受験生をやってきたわけではない。


 だから、「英文和訳」に賭けた。



 そこだけは、対策できる。だって、日本語をだもん。


 わたしは山をかけた。

 出そうな英文をいくつか選んで、日本語訳を丸ごと覚えてもらった。


「意味が分からなくてもいいから、まずはこれをそのまま書くの」


 そう言って、何度も繰り返した。


 それから、選択問題。


「空欄は絶対に埋めること。分からなくてもいいから、何か書く」


 テストを受ける基本。


 返って来た答案を見た。


 点数は二けた。初めてだとか……


 親御さんに感謝されたけど、申し訳ない。


 英語の力がついたわけじゃない。


 それでも点をとった。


 だから思う。


 特別なことじゃなくていい。


 ただ、基礎をきちんと教えること。

 それだけで、変わるものがある。


「るりちょう」を知らなかった先生のことを、責める気はもうない。

 でも――


 知らないなら知らないでいいから、

 せめて、自分の役割くらいは、ちゃんと果たしてほしい。


 そういう話だ。


いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。


どうぞよろしくお願いいたします。



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