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3話

 国境付近には、どちらの国の法も届かない「空白地帯」が広がっていた。荒れ果てた街道を進む俺の目に飛び込んできたのは、立ち上る煙と、悲鳴だった。


 岩陰に身を潜めて様子を伺うと、武装した盗賊たちが商隊を包囲している。

(……関わりたくはないが、見捨てるのも寝覚めが悪いな)

 しかし、城を追い出されたばかりの身だ。手の内を晒して目を付けられるわけにはいかない。


 幸いなことに、盗賊たちはプロだった。無駄に命を奪えば騎士団の本格的な掃討を招くことを理解しているらしく、商人を手際よく縛り上げ、金品を奪うと足早に去っていった。


 俺は盗賊が去った後、こっそりと「薄い紙状の水」を生成し、一人の商人の縄を物音ひとつ立てずに切り裂く。

「……あとは自力で仲間を助けろ」

 囁きを残し、俺は金品を抱えて森の中へと逃げ込む盗賊たちの後を追った。


 森の奥にある山の中腹、岩壁を背にした強固な拠点が彼らのアジトだった。

 夕闇の中、見張りの男が欠伸をした瞬間、俺は「置換」を発動した。


 シュンッ、シュンッ、シュンッ!


 一秒間に三回。音もなく生成される水の刃が、見張りの喉、心臓、そして眉間を正確に貫く。

 悲鳴を上げる暇すら与えない。

 拠点の奥へ踏み込み、酒を飲み交わしていた残りの男たちも、連射される「水弾」の前に次々と沈んでいった。


「ふぅ……。レベルが上がったおかげで、もはや弾切れの心配すらないな」


 すべてが片付いた後、拠点の最奥にある檻の中に、一人の少女が震えているのを見つけた。

 商隊を襲った際、商品価値が高いと判断され、奴隷として売るために連れてこられた商人の娘だろう。


「……もう大丈夫だ。鍵を開ける」


 俺は彼女の前で、小さな水球を生成した。檻の鍵は水球に置換され残った鍵がカチン、と硬い音立てて落下した。


 驚きで目を見開く少女に、俺は人差し指を口に当てた。

「これは俺たちだけの秘密だ。誰にも、親にも言わないと約束してくれるか?」

 少女は何度も強く頷き、俺の服の裾をぎゅっと握りしめた。


 最後に、俺はこの場に残った「証拠」を消すことにした。

 転がっている盗賊の死体。これを放置すれば、明らかに衛生上よくはない。そしてこれが見つかればどんな強力な魔法使いが襲撃したのかと騒ぎになる。


 俺は死体の一つに手をかざした。

「『置換』……全容量を水に」


 180ml。それを一秒間に三回。

 死体が、みるみるうちに無害な「水」へと置き換わっていく。服も、肉体も、すべてがただの水溜まりへと姿を変え、乾いた地面に吸い込まれて消えていく。


 この世から、彼らが存在した事実そのものを消去する作業。

『水を作る』という一見無害な能力が、その実は『存在を書き換える』という恐ろしい権能であることに、俺は改めて背筋が寒くなるのを感じた。


「さあ、行こう。お父さんたちが待っている場所まで送ってやる」


 そう言って外に出たが、辺りがすっかり濃い闇に包まれていることに気がつき、俺は無理な下山を諦めた。

 死体処理に没頭しすぎた。盗賊を追って急斜面を登り、さらに神経を研ぎ澄ませて能力を連射したせいで、身体は鉛のように重い。


「今日はここで休もう。幸い、食料も寝床もある」

 頭を掻きながら、俺は少女にそう告げた。


 盗賊たちが奪い溜めていた備蓄庫には、良質な干し肉や小麦粉、さらには香辛料まで揃っていた。俺が慣れない手つきで鍋を火にかけようとすると、少女――リナと名乗った彼女が控えめに袖を引いた。


「あの……私にやらせてください。これでも行商もする商人の娘ですから、旅の料理は得意なんです」


 彼女が手際よく作った温かなスープは、冷えた体に染み渡るようだった。さっきまで死闘が行われていた血生臭い拠点とは思えないほど、パチパチとはぜる火を囲んで会話が弾む。

 リナは隣国の大きな商会の令嬢らしく、救い出してくれた俺に「父もきっと喜んでお礼をします」と何度も深々と頭を下げた。


「お礼か……。まあ、送り届けた後に考えるとしよう」


 俺の頭の中には、別の計画が浮かんでいた。

 ここは人里離れた崖の上。周囲の視線を気にせず、思い切り「能力の実験」ができる絶好のロケーションだ。リナを送り届けた後は、しばらくここを拠点にするのも悪くない。


 食後、俺は拠点をさらに探索することにした。

「万が一、ここに戻れなくなった時のために、持ち運びやすい金目のものを確保しておかないとな」


 棚の奥、仰々しい黒塗りの木箱を見つけた。蓋を開けると、そこには一振りの短剣が鎮座していた。

 鞘から引き抜くと、冷徹な銀色の輝きが闇を裂く。重心のバランスも完璧な、紛れもない業物だ。


「……これだ」


 俺はニヤリと笑った。

 この先、能力を隠して戦う必要がある場面では、この剣を振るえばいい。「水の一閃」を放つ瞬間にこの剣を振れば、周囲には「剣の達人が真空波か何かで斬った」ように見えるはずだ。


「よし、カモフラージュ用の武器も手に入った。今日はもう休むか」


 リナに毛布を渡し、俺も隅のベッドに横たわった。

 明日、この少女を送り届ければ、俺の異世界生活は本格的に動き出す。

水を操る感覚と、腰に差した新たな業物の感触。その二つを頼りに、俺は深い眠りへと落ちていった。


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