2話
王国の城門をくぐる前に、俺は数枚の金貨を握りしめて露店へと向かった。
手に入れたのは、旅の必需品である干し肉と硬いパン、そして何より重要な、分厚くて頑丈な鋼鉄製のコップだ。
「この国に長居は無用だな」
追放された勇者が王都でボロを出せば、ろくなことにならない。俺は衛兵の目を盗むようにして、隣国を目指し街道を歩き始めた。歩きながら、俺はこの「一杯の水」という能力の仕様を徹底的に検証することにした。
歩きながら試行錯誤を繰り返し、以下のルールが見えてきた。
・最大容量:
一回に生成できる限界は、およそ180ml(一般的なコップ一杯分)。
・クールタイム:
最大量を出した場合、次の生成まで10秒のインターバルが必要。
・分割使用:
生成量を半分に抑えれば、10秒以内に2回発動できる。つまり、総量に対するリキャスト制だ。
・形状変化:
これが最大の発見だった。水は必ずしもコップの形として出現させる必要はない。球体、極薄のシート状、あるいは細かな霧など、イメージ次第で自在に変形できる。
特に、厚さ数ミクロンの「紙のような形状」で生成し、それを任意の場所に発生させれば、水は物理法則を超えた水刃と化し、樹木の幹すら容易に両断した。
「これなら……戦える」
確信を得たその時、街道脇の茂みが激しく揺れた。
現れたのは、体長3メートルを超える巨大な魔獣――アースベアの群れだった。それも3体。
「グルアアアッ!」
先頭の一体が、丸太のような腕を振り上げて襲いかかってくる。
俺は反射的に、掌をその喉元へと向けた。イメージするのは、最薄、かつ最速の「水の一閃」。
「――『置換』」
シュパッ!
鮮血が飛び散る。
アースベアの首が、紙を切り裂くような軽い音と共に宙を舞う。断面は鏡のように滑らかだ。崩れ落ちる巨体と同時に、脳内に不思議な高揚感が駆け抜けた。
(……レベルが、上がった?)
その瞬間、身体が軽くなり、能力の「詰まり」が取れたような感覚に襲われる。
能力を意識すると、10秒だったクールタイムが半分へと短縮された感覚がある。
「……なるほど。この世界は倒せば倒すほど効率が上がる仕組みか!」
残る2体の魔獣が、仲間の死に激昂して突進してくる。
だが、今の俺にとって襲ってくるまでの10秒の猶予は長すぎた。
「置換、置換――!」
1体、また1体と、倒すたびに俺の感覚は研ぎ澄まされていく。
2体目を屠れば5秒が2.5秒へ。3体目を仕留めればさらにその半分へ。
街道の先でさらに現れた魔物の群れも、もはや俺の足止めにはならなかった。
合計で5回のレベルアップ。
最後の一体を細切れにしたとき、俺は自分の能力が驚くべき速度で反応することに気づく。
『1秒間に3回』
もはや、コップ一杯の生成にクールタイムを意識する必要すらないレベルだ。
「1秒で540ml……。これ、連射すればただの『水』が『弾幕』になるな」
俺は手の中の鋼鉄のコップを見つめ、不敵に笑った。
王都の奴らが「無能」と切り捨てた能力は、今や一秒足らずで生物の命を数回奪える、最凶の暗殺術へと進化していた。
このペースでレベルが上がれば、俺が別の国に着く頃には、この「一杯の水」で何ができるようになっているだろうか。




