表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

掌編小説集

羽毛

掲載日:2026/02/02

 

 地獄に行く理由がみあたらない。

 だから僕は天国に行くのだと思う。


 僕はイエスより潔白で、

 罪の重さは羽毛より軽かった。


 でも、それを知っていたのは僕だけだった。

 裁く者も、赦す者もいなかった。

 僕は誰の罪も背負わなかった。

 そして誰も救わなかった。


 というより僕は、

 救いそのものを知らなかった。


 救いとは、光のことだろうか。

 それとも誰かの手の温度だろうか。

 あるいは、痛みを忘れさせてくれる麻酔のことだろうか。


 天国ではきっと、誰もが救われる。

 けれどその救いが、

 僕にとってどういうものなのかは、

 ずっと分からないままだった。


 救いって、なんだろう。


 過去を許されること?

 痛みを忘れること?

 もう苦しまなくていいと誰かに言ってもらえること?


 そういうのを、人は救いと呼ぶらしい。

 じゃあ、僕は何から救われるんだろう。


 許されるような罪を犯した記憶もないし、

 忘れたくなるほどの痛みはなかった。

 かといって、痛みがなかったとも言い切れない。


 胸が詰まることもあったし、

 息が浅くなる日もあった。

 眠れない夜も、何度かあった。


 ただ、それを痛みと呼ぶほどの理由を、

 僕は自分に与えなかっただけで、

 それが何か意味があるとか、

 そういうふうには、どうしても思えなかった。


 意味を与えなかったくらいで

 消えるなら、そんなもの、とっくに消えてたと思う。


 痛みに意味なんてない。

 でも、意味がないからって、 消えるわけでもない。


 苦しいって、死ぬ理由になるのかな。


 よくわからないけど、

 そうしてしまう人がいることも、知っている。


 でも、それが正しいとか、

 間違ってるとか、

 僕が言えるようなことでもない気がする。


 ひとつだけ言えるのは、

 たぶんその人は、 そこに救いを見いだしたんだと思う。


 僕には、それがどんな救いだったのかはわからないけれど、

 たぶん、その人にとってはそれが救いだったんだ。


 もしそうなら、

 それはそれで、ちゃんとした救いなんだと思う。


 天国で僕はどうなるんだろう。

 痛みのない場所で、罪のない身体で、僕はなにを感じるんだろう。


 それが幸せなのか、ただの無なのか、

 今の僕には、わからない。


 もし、

 痛みが僕の本質なら、

 否定が僕の本質なら、

 天国では僕は死んでしまうかもしれない。


 でも天国では、

 誰もが救われるらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ