羽毛
地獄に行く理由がみあたらない。
だから僕は天国に行くのだと思う。
僕はイエスより潔白で、
罪の重さは羽毛より軽かった。
でも、それを知っていたのは僕だけだった。
裁く者も、赦す者もいなかった。
僕は誰の罪も背負わなかった。
そして誰も救わなかった。
というより僕は、
救いそのものを知らなかった。
救いとは、光のことだろうか。
それとも誰かの手の温度だろうか。
あるいは、痛みを忘れさせてくれる麻酔のことだろうか。
天国ではきっと、誰もが救われる。
けれどその救いが、
僕にとってどういうものなのかは、
ずっと分からないままだった。
救いって、なんだろう。
過去を許されること?
痛みを忘れること?
もう苦しまなくていいと誰かに言ってもらえること?
そういうのを、人は救いと呼ぶらしい。
じゃあ、僕は何から救われるんだろう。
許されるような罪を犯した記憶もないし、
忘れたくなるほどの痛みはなかった。
かといって、痛みがなかったとも言い切れない。
胸が詰まることもあったし、
息が浅くなる日もあった。
眠れない夜も、何度かあった。
ただ、それを痛みと呼ぶほどの理由を、
僕は自分に与えなかっただけで、
それが何か意味があるとか、
そういうふうには、どうしても思えなかった。
意味を与えなかったくらいで
消えるなら、そんなもの、とっくに消えてたと思う。
痛みに意味なんてない。
でも、意味がないからって、 消えるわけでもない。
苦しいって、死ぬ理由になるのかな。
よくわからないけど、
そうしてしまう人がいることも、知っている。
でも、それが正しいとか、
間違ってるとか、
僕が言えるようなことでもない気がする。
ひとつだけ言えるのは、
たぶんその人は、 そこに救いを見いだしたんだと思う。
僕には、それがどんな救いだったのかはわからないけれど、
たぶん、その人にとってはそれが救いだったんだ。
もしそうなら、
それはそれで、ちゃんとした救いなんだと思う。
天国で僕はどうなるんだろう。
痛みのない場所で、罪のない身体で、僕はなにを感じるんだろう。
それが幸せなのか、ただの無なのか、
今の僕には、わからない。
もし、
痛みが僕の本質なら、
否定が僕の本質なら、
天国では僕は死んでしまうかもしれない。
でも天国では、
誰もが救われるらしい。




