第八話 裏切りの自覚
二人の愛の夜は、戦闘が続く限り、秘密裏に、そして熱烈に続いた。それは、中華の道徳においては「不義不忠」という名の烙印を押される、禁断の聖域であった。長恭は、蕭淵との触れ合いの中で、魂が震えるような充足感を覚える一方で、妻・鄭氏への裏切りと罪悪感を覚えた。深い懊悩は彼の美貌をさらに翳らせ、日中の彼の行動に微かな焦燥を伴わせた。
戦場での蕭淵の愛は、もはや長恭にとって、一時的な逃避ではなく、魂を維持するための生命線となっていた。長恭は、蕭淵の逞しい身体に抱かれるたび、鬼の面の下に閉じ込めていた「高長恭」という一人の男の生の渇望を、全身で解放していた。蕭淵の激しい情愛は、長恭の心を覆う皇族としての硬い殻を打ち砕き、その繊細で脆い中身を露わにしたのだ。
「蕭淵……貴方を愛せば愛するほど、私はあれを、妻を裏切っているのだ。この愛は、許されない。私は、不貞の毒に蝕まれている」
長恭は、夜明け前の微かな光の中で、蕭淵の肩に顔を埋め、喘ぐように告げた。彼の声には、自己嫌悪と、この愛を断ち切れない苦しみが滲んでいた。彼は、妻の静かで清らかな愛と、蕭淵の激しくも切実な愛との間で、永遠に引き裂かれる運命にあった。
蕭淵は、長恭の苦悩に対し、静かに、しかし断固として答えた。彼の指先は、長恭の背中を優しく撫で、その不安を鎮めようとしていた。
「殿下。貴方は、奥方様を裏切ってはいません。貴方は、ご自身の魂に正直であられるだけ。そして、貴方の奥方様もまた貴方の魂の安寧を望んでいるはずです。貴方が生きてさえいれば……奥方様は守られる」
蕭淵は、長恭の心は妻にあることを理解していた。しかし、長恭の命が尽きようとしている今、蕭淵は、長恭の最後の時間を独占したいという、身勝手で切実な欲望に駆られていた。彼の愛は、もはや献身と独占の境界を越え、長恭の魂との一体化を求めていた。
「貴方の命の炎が消えるその瞬間まで、私は貴方の傍にいたい……それだけが望みです」
蕭淵は、長恭の薄い唇に、深く、そして諦めにも似た情熱を込めて口づけた。「貴方の死まで、私は貴方のものだ」という、願いを込めて。
長恭は、蕭淵の愛が、逃れられない宿命であることを悟った。彼は、妻への義務と、蕭淵への情愛との間で、激しく引き裂かれながらも、蕭淵の腕の中で、命の熱を維持し続けた。彼は、この禁断の愛が、自分の死の対価であることを知りながらも、その甘美な毒から逃れる術を持たなかった。戦場での血と、蕭淵の愛の熱が、長恭の心を完全に支配していた。
夜が明け、長恭は再び蘭陵の鬼面を被り、戦神となった。しかし、その仮面の下の瞳は、前夜の愛の残滓によって、以前よりも遥かに深く、人間的な悲哀を帯びていた。蕭淵は、その瞳を見て、長恭の魂が既に自分の愛の鎖に繋がれていることを確信し、切ない勝利を噛みしめた。




