第四話 虚栄の都と戦場の残像
宮廷は、雅やかな空気と、権力闘争の陰湿な匂いに満ちていた。長恭は、妻への愛と、皇族としての義務を盾に、蕭淵との戦場での出来事を「特殊な状況下での現実逃避」として、心の奥底に厳しく封じ込めた。彼は、再び冷徹な将軍としての仮面を着け、政務に邁進する。
長恭の心の中は、二つの世界に引き裂かれていた。一つは、妻・鄭氏の静かな優しさが支配する日常の義務。もう一つは、蕭淵の熱情が刻みつけた戦場での魂の真実。この二律背反の感情こそが、彼の心を絶えず揺らし続けた。
一方、蕭淵は、長恭の命により、都から遠く離れた自身の故郷で、長恭の帰りを待っていた。彼の手元には、長恭からの公的な感謝の文が届くだけ。個人的な感情は、一切込められていない。
(殿下は、私との夜を、無かったことにされた。殿下の平穏のためならば、私の忠義と愛など……)
蕭淵は、長恭が望む平穏な日常の邪魔になってはならないと、己の愛を不忠という名の鎖で縛りつけた。彼は、長恭の幸福を願いながらも、報われない愛の苦しみに苛まれた。彼は、都の華やかな日常の中で、長恭が「愛する妻」の元にいることを想像し、胸が締め付けられた。
だが、その苦しみこそが、蕭淵の愛の深さの証明だった。長恭の心が、妻の傍で安寧であるならば、自分の愛が不純な欲望となろうと構わないと、彼は己に言い聞かせた。彼の魂は、長恭の愛の永遠の影となることを、既に受け入れていた。




