第十三話 永遠の追憶、鬼面の誓い
鄴へ向かう蕭淵の旅路は、愛する男への追憶に満ちていた。長恭の「生きろ」という命令に従う意思はなく、自らの死を選んでいた。馬上で、彼は幾度となく、戦場での熱い契りの記憶を反芻した。鬼の面の下の、雪のように白い素顔と、蕭淵の愛を受け入れた時の陶酔の表情が、彼の脳裏から離れなかった。
蕭淵は、鄴に到着すると、誰にも気づかれぬよう、夜陰に紛れて蘭陵王の亡骸が埋葬された墓所へ向かった。彼の足音は、まるで死者のように静かで、もはや生者の熱を帯びていなかった。
長恭の棺はすでに埋葬され、簡素な石碑が立っていた。皇族にしては寂しい墓所だった。皇帝は、長恭の偉大な功績と人気を恐れ、盛大な埋葬を許さなかったのだ。蕭淵は、その石碑に寄り添い、長年抑えつけていた愛を、初めて声に出して告白した。彼の声は、抑えきれない慟哭によって震えていた。
「……殿下。私は、貴方を……本当に、心の底からお慕いしていました。貴方の鬼の面の下の素顔を、誰よりも深く、誰よりも切実に……」
蕭淵は、石碑にすがりつきそっと額を押し付けた。かつて味わった長恭の温もりはどこにも感じられなかった。
「貴方は、私に『永遠に忘れよ』と命じられた。それは、私を自由にするためだと。しかし、貴方を忘れることは、私の魂が消滅するということ。貴方なき世界で生きることは、塗炭の苦しみでしかない」
蕭淵は、長恭が最後に贈った血文字の手紙を、自分の胸に強く押し当てた。その乾いた血が、長恭の最後の痛みを、蕭淵の心臓に直接伝えてきた。
彼は、懐から蘭陵の鬼面を取り出した。それは、戦場での長恭の強さと、彼の素顔の弱さを守る、彼の鎧そのものだった。鬼の面は、血と泥がこびりつき、長恭が最後に被った時の殺戮の記憶を留めていた。
蕭淵は、鬼面をそっと自分の顔に当てた。冷たい鉄の感触が、長恭の決意と、悲劇的な運命を蕭淵の肌に伝えた。
「今から逝きます。貴方の『夫』として、永遠に貴方の傍にあるために。もう誰も、貴方を不貞と罵ることも、権力の毒で脅かすこともない」
鬼の面を被った蕭淵の姿は、長恭の魂が乗り移ったかのような、第二の戦神のように見えた。彼の瞳には、もはや生への執着はなく、愛する者への追従という、ただ一つの純粋な目的だけが宿っていた。彼は、長恭の墓標に背を預け、最後の儀式の準備を整えた。




