第十二話 蘭陵王の死
蘭陵王の肉体から魂が解放された後、空の鈍色の雲は雨粒を吐き出し、雨に濡れた屋敷は深い悲しみが満ちた。彼の死は、静かに、そして素早く処理された。皇帝は、蘭陵王の偉大すぎる功績を歴史の闇に葬り去ろうとしたのだ。
辺境の陣にいた蕭淵の元に、蘭陵王の死の報と、最後の手紙が届いた。それは、都の冷たい権力が、長恭の命を奪ったことを示す血塗られた証拠とも言えた。
蕭淵は、その報に接してしばし立ち尽くし、それから力が抜けるのを感じた。彼は、長恭の最後の命令を理解していた。長恭は、蕭淵の命を守るためにも自らを犠牲にしたのだ。
手紙を開くと、そこには長恭の最後の願いが綴られていた。
「永遠に、私を忘れよ」
血で綴られたその文字は、蕭淵の心を切り裂いた。
「忘れる……など、できるはずがないではないか」
蕭淵は、怒りと悲嘆から、その場で泣き崩れた。彼の愛は、長恭の自己犠牲の愛によって拒絶されたのだ。
蕭淵は、長恭の冷酷なまでの優しさを理解した。長恭は、蕭淵を愛するがゆえに、この別れを選び、彼を生かそうとした。しかし、長恭の命令は、蕭淵にとって受け入れられるものではなかった。
(殿下なき世界に、私の幸福も自由もありません。私の命は、貴方と共にあるために存在したのです。貴方の命令よりも、貴方への愛を選ぶ。それが、私の最後の忠誠です)
蕭淵は、かつて戦場にて長恭から賜った愛用の剣を握りしめた。その剣は、戦場での二人の禁じられた契りの証だった。彼は、長恭の命令を拒否し、長恭の亡骸が埋葬された都を目指し、馬を走らせた。彼の心には、長恭の面を外した美しい素顔と、戦場での熱い契りの思い出だけがあった。
蕭淵は、長恭が自らを犠牲にしてまで守ろうとした「自由」を、長恭の傍で「永遠の愛」へと昇華させることを決意した。彼の魂は、長恭の魂を追うことこそが、唯一の救済であると悟っていた。都へ向かう道は、蕭淵にとって、愛する者との永遠の契りを結ぶための、最後の旅路となった。




