第38話 婚約者
本格的な騎士になるつもりのない私には騎士の訓練に参加すること以外にやることがたくさんある。
「だいぶ、盛況のようね」
まず『桜の木』
女性にも飲みやすいお酒、果実酒はかなり人気の様でお店の中は満員だった。
「はい。ご覧の通りです、公女様」
店長は満面の笑みでにぎやかなお店の中を見る。
「実は貴族女性の方からも飲んでみたいとご依頼がありまして」
けれど、プライドの高い貴族が庶民に混じって飲みに来ることはまずない。私の方にも手紙で依頼が来ていた。
お茶会に出してほしいという声もあった。
「瓶に詰めて売りましょうか。貴族向けに。なので、瓶も多少コストがかかってもお洒落なものにしようと思います。入れる果実も変えて、値段も高めに設定。貴族だけが特別に買える果実酒を作ります」
ただ売り出すだけでは貴族は買わない。
自分たちだけが買える特別なものだけに貴族はお金を払う。
貴族って面倒くさい。
「良いですね、それ。他国から果物を輸入するのはどうでしょう?他国にしかない果実で作る果実酒やケーキなどもセットで販売するのはどうでしょう?」
「良いわね。早速、他国の果実について調べてみるわ」
「お願いします」
『桜の木』はこれで問題ないわね。
次は邸に帰って婚約者とお茶会ね。
マクミラン・マクベイン。アグニスと無理やりくっつけられたくないが為に慌てて婚約した相手。何度か顔合わせをした結果、彼となら結婚しても上手くやっていけそうだと思えた。
前世の自分は今の自分よりも年上だったけどそれでも結婚なんて遠い未来の話で自分には関係ないと思っていた。恋人もいなかったしな。
なのに今や婚約者持ちか。
こういう言い方は適切ではないけれど人生、何が起こるか分からない。
「お嬢様、急いでください。時間がおしています」
「ええ」
邸に帰り、すぐにドレスを着替える。
外出用、邸でお客様を迎える用。ドレスは用途によりデザインが異なる為、いちいち着替えないといけない。日本で生きていた頃では考えられない。日本に居た頃、特に予定がなかったら一日ジャージで過ごしていたのに。あの頃が懐かしい。
「お待たせして申し訳ございません。」
見苦しくないように、けれどできるだけ急いで客間に行くと私の婚約者であるマクミランが既にいた。
「いいえ、そんなに待っていないので大丈夫ですよ」
にっこりと笑った彼は攻略対象者のように派手な顔をしているわけではないが素朴で優しい印象の人だ。
「お忙しそうですね。もし、私と会うことが負担になっているのなら無理をせずに仰ってください」
それはつまり会う回数を減らしても構わないということだろうか。
でも、私が忙しいせいで他の婚約者たちよりも交流が少ないのに更に減らすのは申し訳ない。
「お気遣いありがとうございます。ですが、マクミラン様と会う回数を減らしたくはありません。どうかこのままでお願いします」
「そうですか、分かりました」
できるだけ交流を増やして、お互いを知っていきたい。その上で結婚したいのだ。
「マクミラン様こそ、ご商売がお忙しいのではありませんか?もしご負担に感じることがあればいつでも仰ってください。私たち、いつかは夫婦になるのですから。お互いに気遣いばかりでは疲れてしまいますでしょう。私、マクミラン様とは何でも言い合えるような夫婦になりたいと思っています」
「そう、ですね」
「?」
どうかしたのだろうか?
何だか様子がおかしい気がする。
「あの、騎士団の訓練に参加しているという噂を聞きました。もしかして、騎士になるつもりですか?あまり縛りたくはありませんが、できたらその、危険な職業に就くのは」
ああ、なるほど。
この世界で高位貴族の女性が働くなどあり得ない上に騎士になると少々外聞が悪い。もしかして、そのことで彼は周囲に何か言われているのかもしれない。
優しい彼は私の行動を制限するような発言をすることを躊躇われたのね。ましてや私が騎士団の訓練に参加しているのは王女殿下が私を専属騎士に望んでいるからだ。となれば、大々的に否定はできない。それは遠回しに王家を守る必要はないと主張しているようもの。
「建前上、王女殿下が望んでいるので護衛騎士のような真似をすることにはなると思いがあくまで真似をするだけです。実際に護衛をするわけではありません。それは書面で陛下と契約を交わした正式なものなのでご安心ください」
「そ、そうですか」
あからさまにほっとしたマクミランに思わず苦笑してしまう。
本当にこの世界は私が生きていた世界とは何もかもが違う。とても生きづらく面倒くさい。
日本が懐かしい。
もし可能ならこの世界で死んだらもう一度日本に転生したい。




