解釈違いは不幸の元
異常者を敵に回してはいけない話
あ、解釈違いだ。
ぽそりと零れたその言葉がなにを意味するのかを理解できたものはこの世界にはいない。多分。
アベリア・ロックベルは転生者である。前世と呼ばれる世界では情報の氾濫する光る板と共に生きていたしがない新卒の社会人であった。
そんな彼女が嵌まっていた乙女ゲームの世界に流行りの異世界転生したのだから狂喜乱舞………とは、いかなかった。
なぜなら彼女はガチガチに公式を信仰してるタイプの厄介オタクだったので。
公式カップルをこよなく愛し、解釈違いの作品からはそっと距離をとりながら公式からの供給を静かに噛みしめて拝謁しながらネットの片隅で蠢くオタクであった。
そのためこの世界に転生したと分かった瞬間絶望した。なぜなら母親が「お友達をつくりましょうね♪」とかほざいた上につれてかれた場所に攻略対象と悪役令嬢がいたので。あまりの絶望に厄介オタクの記憶が蘇り倒れ伏したのは苦い思い出である。
記憶をどれだけほりかえしても『アベリア・ロックベル』なんてキャラクターは公式の情報を隅から隅までなめとっていた彼女の記憶になく、あまつさえ攻略対象と悪役令嬢の幼なじみなんて存在さえしていなかった。その時点で彼女は解釈違いのあまりおいおいと泣きながら身を投げようとしたので「なにこいつこわ……」と彼らから距離をとられたのは不幸中の幸いであった。
そんな彼女を見かねた……というよりだめだこれ政略の駒にすらならないと伯爵である父は早めに切って捨てて領地にリリースした。そのため3年でどうにか持ち直し、この世界でモブとして生きていこうと希望を胸にするくらいには回復したので世の中なにが幸いとなるか分からないもの。
そんなこんなで物理的にも精神的にも攻略対象と悪役令嬢と距離をとりスクスク成長したアベリアはもちろんのごとくゲームの舞台である魔法学校へと入学を果たした。アベリアは死ぬほど抵抗したが病気でも何でもない貴族の令嬢が入学を拒否するのは外聞がよろしくなく(元気いっぱいにアベリアが領地で好き勝手してたのは把握されているため)仕方なく入学をし…本当はもっと大きな理由があったりしたのだが……少し攻略対象達から遠巻きにされながらもモブとして二年生に進級した……のはいいものの……アベリアは、どうしても我慢できないことが一つだけあった。
本来、ゲームであればヒロインと攻略対象達の出会いとなるイベント。そこに現れたヒロインもまた転生者であったゆえに。
そう、アベリアの最推しはヒロインであった。
少し伏し目がちな桃色の瞳も、ふんわり風と共に揺れる繊細な髪とリボン。内気そうにほほえんで何気に鋭い毒を吐くところも、悪役令嬢に一歩も引かぬ気高い志も、血の滲むような努力を感じさせない美しい背筋も、己の秘密と恋心の間に揺れ動きながらも顔を上げぶれない強さも、なにもかも、
目の前のヒロインには欠片たりとも存在してなかったのだ。
アベリアは悩んだ。悩みに悩んだ。この世界はゲームとは別物。それは分かる。領地での生活はアベリア一人の貴族令嬢として立派に育て上げていたのだから。
民の生活や文化、公式に書かれてなかった小さな喜び、悲しみ、心を病み呆然と息をするだけだったアベリアを癒してくれた愛しい人々。
アベリアだったかつての女性とはちがう「好きなもの」は数え切れないほど出来た。その上で、一人の貴族令嬢として、一人の女の子として、目の前の女の行動は到底許容できなかった。故に。
アベリアは、やらかした。
結論から言うとアベリアのやらかしは誰にもバレずに済んだ。
眼下、バルコニーの下では今日も攻略対象達が麗しく微笑み、悪役令嬢は不機嫌そうに、あるいはなんともいえなげに彼らをジッと見つめている。
その真ん中で、花をも恥じらう微笑みを浮かべている最推しがいるのを見てアベリアは緩む頬を必死で抑えて見下ろしていた。
アベリアがやったことは至極単純。ヒロインの体から女を追い出した。ただそれだけ。
具体的にはイベントの一つを利用した。婚約者である王子との仲を勘ぐっていた悪役令嬢がヒロインと階段の踊り場で偶然会う。
ヒロインは勿論高位貴族の悪役令嬢にカーテンシーをしようとしたが、この時ヒロインは慣れないヒールを履いており足を踏み外してしまう。それを咄嗟によけられなかった悪役令嬢とともに落ちてしまう…というものだ。これにより悪役令嬢は背中に怪我を負い、ヒロインを怨むようになる。この傷はすぐ治癒魔法のエキスパートになったヒロインが癒すのだがヒロインは高位貴族を傷つけたとして貴族裁判に訴えられてしまい………!と話すと長くなるのでここら辺でやめておくが、その『一緒に落ちる』役を悪役令嬢からアベリアに交換し、ヒロインの表面にいた女の魂を落ちる衝撃で誤魔化しながらベリベリと引き剥がしたのである。魔力で。
そも、この世界において魂とは魔力の塊である。炎属生の魔力が固まって生まれればそれは炎の魔法を使う魔法使いになるし、聖属性の魔力が固まって生まれれば聖魔法を扱える神官が生まれる。
ではアベリアはどうなのか。アベリアは魔力のない異世界からの転生者であるため、本来この世界の法則に従えば生まれるわけない命である。しかしアベリアは無属性の魔法を持って生まれてきた。この無属性、という物が心を病み領地に押し込まれていたアベリアを元気になっただけで魔法学園に──王都に呼び戻さなくてはならなかった本当の理由である。
無属性の魔法。それは長い歴史の中で片手で数える位にしか現れない稀少な属性である。どの属性の魔法も使えない代わりにどの属性の魔道具でも際限なく使うことができ、極めれば人の心を自在に見たりどんな距離でも思い浮かべるだけで転移することができるという物。アベリアはその発現率の少なさと自身の前世の(厄介オタクとしての)記憶から早い段階で「あっ、この属性転生者特有の物だ」と気がついていたので真面目に修練をしていたのだが女はしていなかった。
そう、本来光属性のはずのヒロインが無属性との複合で入学してきたからこそ、アベリアはヒロインが転生者に乗っ取られているのだと爆速で理解できてしまったことが多分女にとっての不幸の始まりだったのだろう。
本来無属性に形はない。だからこそ攻撃には使えないし触れることも出来ない。が、修練に修練を重ねたアベリアは無属性が魂、あるいは精神に対しては当たり判定があるのだと領地でお肉にされている家畜たちと触れあっていた時に発見していた。南無。
……結果として、ヒロインは無属性を失った。その上落ちたときに頭をしたたか打ち、入学してからの記憶を失ってしまった…とても可哀想な子として現状扱われている。
一緒に落ちたアベリアとヒロインを慌てて介抱し医者を呼んでくれた悪役令嬢には感謝しかない。記憶喪失と診断されたおかげでヒロインは直前までの不敬極まる言動を目こぼしされ一時は険悪だった攻略対象達ともよい関係を築けている。
終わりよければ全てよし、そうにっこり笑って指先に力を込める。さして抵抗の力なく弾けたそれがなんだったのか、アベリア以外は知るよしもないし、教える気もない。
だって、そんなことよりも!推しが!!幸せそうに!!笑っているのだから!!!!
それ以上に重要なことなんてありはしないのだとアベリアはふふふ、と恋する乙女のように微笑んだ。
その後、体を乗っ取られてたことをぼんやりと覚えていて、それをアベリアの魔力に助けられたことを自覚しているヒロインに懐かれて絶叫するアベリアとハラハラしながら見守る悪役令嬢と攻略対象(一応幼なじみの一人と認識して気にかけている)がいる




