表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

8

※この文章の作成にはChat GPTを一部使用しています※

 目を開ける。

 いつもの朝、いつもの村、いつもの部屋。

 隣には、いつも通りフィンネがいる。


 今は何回目の朝だったっけ……


 フィンネがエドガーじいさんの家で焼け死んだあの時から、僕の中の何かが壊れてきていた。

 それ以来、繰り返す日々を数えることすら諦めた。


 フィンネの仮説は、ほぼ間違いないだろう。

 この状況は、あの流星群に願ったことで起きている。


 僕の願いは、フィンネを死から守るのではなく、永遠に共にいさせることを優先した。


 それでも、あの後も僕達は突破口を探して、あらゆることを試した。何度も何度も、死んで、戻って、死んで、戻って……


 そうして、僕の精神はすり潰されていった。


 それはおそらく、フィンネも同じだった。

 繰り返すたび、彼女の目から少しずつ、光が消えていくのがわかった。


 今では目覚めても、泣きも喚きもしない。

 彼女はただ、静かに、これからくるであろう死を受け入れていた。


「フィンネ……今日はどうしようか」


 僕はフィンネに聞く。


「とりあえず村の外に行こうか? いや、やっぱり誰かに手紙でも書いて、助けを求めたほうがいいかな? それとも……」


 そこまで言って、自分の言葉が形だけになっていることに気づき、僕は口をつぐんだ。


 ――諦めてるんだ、本当は。


 そのことに自己嫌悪する。

 このままでいいはずがない。

 そんなことはわかってる。


 だけど、もう、何も思いつかなかった。

 どうしたらいいか、もう、分からなかった。 


「なあ、フィンネ……どうすればいい?」


 僕はすがるようにフィンネを見た。


 彼女の顔は、陶器のように固まっていた。

 あんなに輝いていた目は、ずっと遠くを見ているようだった。


 気づけば僕は、嗚咽が止まらなくなっていた。


 僕はなんてことを願ってしまったんだ。

 僕のせいだ。すべて僕のせいだ。


 こんな目に合うくらいなら、もういっそのこと、本当に死んでしまったほうが楽だ。


 ――神様……もしいるなら僕達を、殺してください。


 そう思った直後、ふと、彼女の手が僕の頭を撫でた。


「カルロ。よく頑張ったね」


「……え?」


「私のために……本当に、ありがとう。私は、大丈夫だから」


 彼女は微笑みながらそう言った。

 その笑顔は、とても寂しいものだった。

 けれど、とても、優しかった。


「フィンネ……」


 僕はただ、彼女が愛おしくてたまらなくなった。


 思いっきり抱きしめて、キスをした。

 フィンネもそれを受け入れてくれる。


 時間が永遠のように感じた。

 長い長い時のあと、唇を離す。


 僕は何て馬鹿なことを考えていたんだ。

 フィンネは今、ここにいる。


 僕は彼女を笑顔にしたかったんだ。

 こんな寂しい笑顔じゃなく、本物の笑顔を――


「フィンネ」


 僕は彼女の目をまっすぐに見て言った。


「今日は楽しいこと、しようか」



 ◆



「こんなに食べきれるかな……」


 フィンネは呆然と呟いた。


 僕たちの目の前に、豪華な料理と、見たことないくらいたくさんの酒が並んでいたからだ。


「べつに残したっていいよ。それに、お金だって無限にある」


「嘘でしょ?」


「ほんとだよ。どれだけ使っても、また元に戻るからね」


「なにそれ」


 ふふっと、フィンネが小さく笑った。

 僕はその反応を久しぶりに見た気がして――なんだかとても嬉しかった。


 僕らの考える楽しいこと。

 それは街の酒場で、たくさん美味しいものを食べることだった。


 いきなり真昼間にやってきて、大量に注文する僕達。

 それを見て店主は訝しんだ目を向けてくる。


 でも、そんなの知ったことじゃない。

 どうせ戻れば、全てなかったことになる。

 僕たち以外は。


 で、僕らは何杯も酒を飲んだ。

 いつもなら飲まないような高い酒を、惜しげもなく注文した。

 たくさん食べて、たくさん笑った。


「あーもう、お腹いっぱい!」


 フィンネはふーっと息を吐き、お腹をさすった。


「なんだ。まだこんなに残ってるぞ」


 全く手つかずの、鶏の丸焼きをフィンネに促す。


「もう限界だよ……」


「よし、だったら酒だ。ほら、こんなの滅多に飲めないぞ」


 この店で一番高いワインを、フィンネのグラスにドボドボと注ぐ。


 彼女はちびちびとそれに口をつける。

 だいぶ顔が赤い。すでにかなり酔っているようだ。


「最近は、どうなの?」


 僕は頭に浮かんできたことをそのまま聞いてみる。


「前言ってたでしょ、あの黒い塊のこと」


 フィンネはああ、と頷く。


「まだいるよ、胸の中に。でもね、少し焦ってる感じかな」


「焦ってる?」


 意外な答えだった。


「うん。なんだろうな。よくわからないけどね。そんな感じ」


「僕たちがなぜか楽しんでるから、焦ってるのかな?」


「さあ、どうだろう?」


 フィンネは口元に手をやって「ふふ」と笑い、また一口ワインをあおる。


「ふぅ……ねえ、カルロ」


 フィンネが、ぽつりとつぶやく。


「私ね、夢だったんだ。こうやってたくさん美味しいものに囲まれて、家族で楽しく笑って過ごすこと」


「家族?」


「……うん。私たち家族でしょ。だからそれが叶ってよかった」


 満足気に目を閉じ、微笑むフィンネ。

 もしかすると……


「フィンネの願いって、それ?」


「え?」


 あの流星群の夜、あの山頂で、願いをかけたのは僕だけじゃない。


「結局、フィンネの願いごと、聞けなかったからさ。もしかして、このことを願ったのかなって」


 そしたら、フィンネの願いもこれで叶ったのだろうか。

 でも彼女は少しうつむいて、伏し目がちに言った。


「願ったのはね、この事じゃないよ」


「そっか……じゃあ、なんて?」


「それは……」


 言いよどむフィンネ。

 いまさら、何か言えない理由はあるのだろうか。


「私の願いはね……きっともう、叶わない」


「え?」


「だからもう、半分忘れちゃったよ」


 あはは、と笑って舌を出すフィンネ。


 それが嘘だってことくらい、僕にでもわかった。

 彼女は、なにか隠している。


 でも。


「……そっか。まったく、忘れっぽいよな、フィンネは」


「えー、そんなことないもん!」


 あの流星群の夜のときみたいにふくれっ面をするフィンネ。

 そして、二人してまた笑った。


 聞くのは今じゃない。今じゃなくたっていい。

 今はただ、この心地よい気分に身を任せていよう。


 そう。時間ならいくらでもあるんだ。


 僕はただ、この幸せな時が、いつまでも続いてほしいと願った。 



 ◆



 酒場を出ると、町はもう夕暮れに染まっていた。

 僕らはふらふら、町外れの川べりを歩いた。


 もうすぐあの時がやってくる。

 あの、終わりの時間が。


 いくら酔いが回っていても、恐怖を完全になくすことはできない。


 でも僕らはそれには触れずに、他愛もない話をして、ただ歩き続けた。

 あれこれ考えるのは、もう疲れていたんだ。


 川に架かる、大きな橋を渡る。


 真ん中あたりまで来たとき、フィンネが急に立ち止まって、僕の手をそっと取った。


「ねえ、カルロ」


「うん?」


 少しうつむき、眉を寄せるフィンネ。

 何か……なにか言いづらいことを言おうとしている。

 そんな仕草だった。


「あのね……できればね……今日はここで、終わりにしたい」


 僕は一瞬、その意味がわからなかった。


 今日を終わりにする。

 彼女にとってそれは、生の終わりを意味している。


 僕は彼女の目線を追った。

 その先には……


 それがわかった時、僕はようやく理解した。


「せめて方法くらい、自分で選びたい。やっぱ、だめだよね」


 夕日に照らされるフィンネの目は澄んでいて、どこまでも静かだった。

 泣いてもいなければ、震えてもいない。


 本当に、それを望んでいる目だった。


「だめなもんか」


 僕はフィンネの目をまっすぐに見て言った。


「その代わり、僕も一緒だ」


「……え?」


 フィンネの目がはっと見開かれる。

 僕の決断。それは想定していなかったのかもしれない。


「もうお前だけ、つらい思いさせないから。それに、二人なら、怖さもきっと半分だろ」


 僕は深く頷いた。覚悟ならもう、決まっていた。


 彼女は少し逡巡する素振りを見せた。

 でも最後には、コクリと頷いてくれた。


「ありがとう、カルロ」


 二人で手を繋ぎ、橋の淵に立った。

 下を見下ろしてみる。

 高い。流れも早い。多分助からない。


 でも……仮にもう、戻れなくなったとしても。

 二人一緒ならあとはもう、どうでも良かった。


「せーので、いこうか」


 フィンネが微笑みかける。

 でもつないだ手からは、震えが伝わってくる。


 そりゃそうだ。怖くないわけない。 

 だから僕も、今持てる精一杯の明るさで、笑い返した。


「せーの!」


 そして水音だけが、僕たちの決意を見送ってくれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ