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※この文章の作成にはChat GPTを一部使用しています※
目を開ける。
いつもの朝、いつもの村、いつもの部屋。
隣には、いつも通りフィンネがいる。
今は何回目の朝だったっけ……
フィンネがエドガーじいさんの家で焼け死んだあの時から、僕の中の何かが壊れてきていた。
それ以来、繰り返す日々を数えることすら諦めた。
フィンネの仮説は、ほぼ間違いないだろう。
この状況は、あの流星群に願ったことで起きている。
僕の願いは、フィンネを死から守るのではなく、永遠に共にいさせることを優先した。
それでも、あの後も僕達は突破口を探して、あらゆることを試した。何度も何度も、死んで、戻って、死んで、戻って……
そうして、僕の精神はすり潰されていった。
それはおそらく、フィンネも同じだった。
繰り返すたび、彼女の目から少しずつ、光が消えていくのがわかった。
今では目覚めても、泣きも喚きもしない。
彼女はただ、静かに、これからくるであろう死を受け入れていた。
「フィンネ……今日はどうしようか」
僕はフィンネに聞く。
「とりあえず村の外に行こうか? いや、やっぱり誰かに手紙でも書いて、助けを求めたほうがいいかな? それとも……」
そこまで言って、自分の言葉が形だけになっていることに気づき、僕は口をつぐんだ。
――諦めてるんだ、本当は。
そのことに自己嫌悪する。
このままでいいはずがない。
そんなことはわかってる。
だけど、もう、何も思いつかなかった。
どうしたらいいか、もう、分からなかった。
「なあ、フィンネ……どうすればいい?」
僕はすがるようにフィンネを見た。
彼女の顔は、陶器のように固まっていた。
あんなに輝いていた目は、ずっと遠くを見ているようだった。
気づけば僕は、嗚咽が止まらなくなっていた。
僕はなんてことを願ってしまったんだ。
僕のせいだ。すべて僕のせいだ。
こんな目に合うくらいなら、もういっそのこと、本当に死んでしまったほうが楽だ。
――神様……もしいるなら僕達を、殺してください。
そう思った直後、ふと、彼女の手が僕の頭を撫でた。
「カルロ。よく頑張ったね」
「……え?」
「私のために……本当に、ありがとう。私は、大丈夫だから」
彼女は微笑みながらそう言った。
その笑顔は、とても寂しいものだった。
けれど、とても、優しかった。
「フィンネ……」
僕はただ、彼女が愛おしくてたまらなくなった。
思いっきり抱きしめて、キスをした。
フィンネもそれを受け入れてくれる。
時間が永遠のように感じた。
長い長い時のあと、唇を離す。
僕は何て馬鹿なことを考えていたんだ。
フィンネは今、ここにいる。
僕は彼女を笑顔にしたかったんだ。
こんな寂しい笑顔じゃなく、本物の笑顔を――
「フィンネ」
僕は彼女の目をまっすぐに見て言った。
「今日は楽しいこと、しようか」
◆
「こんなに食べきれるかな……」
フィンネは呆然と呟いた。
僕たちの目の前に、豪華な料理と、見たことないくらいたくさんの酒が並んでいたからだ。
「べつに残したっていいよ。それに、お金だって無限にある」
「嘘でしょ?」
「ほんとだよ。どれだけ使っても、また元に戻るからね」
「なにそれ」
ふふっと、フィンネが小さく笑った。
僕はその反応を久しぶりに見た気がして――なんだかとても嬉しかった。
僕らの考える楽しいこと。
それは街の酒場で、たくさん美味しいものを食べることだった。
いきなり真昼間にやってきて、大量に注文する僕達。
それを見て店主は訝しんだ目を向けてくる。
でも、そんなの知ったことじゃない。
どうせ戻れば、全てなかったことになる。
僕たち以外は。
で、僕らは何杯も酒を飲んだ。
いつもなら飲まないような高い酒を、惜しげもなく注文した。
たくさん食べて、たくさん笑った。
「あーもう、お腹いっぱい!」
フィンネはふーっと息を吐き、お腹をさすった。
「なんだ。まだこんなに残ってるぞ」
全く手つかずの、鶏の丸焼きをフィンネに促す。
「もう限界だよ……」
「よし、だったら酒だ。ほら、こんなの滅多に飲めないぞ」
この店で一番高いワインを、フィンネのグラスにドボドボと注ぐ。
彼女はちびちびとそれに口をつける。
だいぶ顔が赤い。すでにかなり酔っているようだ。
「最近は、どうなの?」
僕は頭に浮かんできたことをそのまま聞いてみる。
「前言ってたでしょ、あの黒い塊のこと」
フィンネはああ、と頷く。
「まだいるよ、胸の中に。でもね、少し焦ってる感じかな」
「焦ってる?」
意外な答えだった。
「うん。なんだろうな。よくわからないけどね。そんな感じ」
「僕たちがなぜか楽しんでるから、焦ってるのかな?」
「さあ、どうだろう?」
フィンネは口元に手をやって「ふふ」と笑い、また一口ワインをあおる。
「ふぅ……ねえ、カルロ」
フィンネが、ぽつりとつぶやく。
「私ね、夢だったんだ。こうやってたくさん美味しいものに囲まれて、家族で楽しく笑って過ごすこと」
「家族?」
「……うん。私たち家族でしょ。だからそれが叶ってよかった」
満足気に目を閉じ、微笑むフィンネ。
もしかすると……
「フィンネの願いって、それ?」
「え?」
あの流星群の夜、あの山頂で、願いをかけたのは僕だけじゃない。
「結局、フィンネの願いごと、聞けなかったからさ。もしかして、このことを願ったのかなって」
そしたら、フィンネの願いもこれで叶ったのだろうか。
でも彼女は少しうつむいて、伏し目がちに言った。
「願ったのはね、この事じゃないよ」
「そっか……じゃあ、なんて?」
「それは……」
言いよどむフィンネ。
いまさら、何か言えない理由はあるのだろうか。
「私の願いはね……きっともう、叶わない」
「え?」
「だからもう、半分忘れちゃったよ」
あはは、と笑って舌を出すフィンネ。
それが嘘だってことくらい、僕にでもわかった。
彼女は、なにか隠している。
でも。
「……そっか。まったく、忘れっぽいよな、フィンネは」
「えー、そんなことないもん!」
あの流星群の夜のときみたいにふくれっ面をするフィンネ。
そして、二人してまた笑った。
聞くのは今じゃない。今じゃなくたっていい。
今はただ、この心地よい気分に身を任せていよう。
そう。時間ならいくらでもあるんだ。
僕はただ、この幸せな時が、いつまでも続いてほしいと願った。
◆
酒場を出ると、町はもう夕暮れに染まっていた。
僕らはふらふら、町外れの川べりを歩いた。
もうすぐあの時がやってくる。
あの、終わりの時間が。
いくら酔いが回っていても、恐怖を完全になくすことはできない。
でも僕らはそれには触れずに、他愛もない話をして、ただ歩き続けた。
あれこれ考えるのは、もう疲れていたんだ。
川に架かる、大きな橋を渡る。
真ん中あたりまで来たとき、フィンネが急に立ち止まって、僕の手をそっと取った。
「ねえ、カルロ」
「うん?」
少しうつむき、眉を寄せるフィンネ。
何か……なにか言いづらいことを言おうとしている。
そんな仕草だった。
「あのね……できればね……今日はここで、終わりにしたい」
僕は一瞬、その意味がわからなかった。
今日を終わりにする。
彼女にとってそれは、生の終わりを意味している。
僕は彼女の目線を追った。
その先には……
それがわかった時、僕はようやく理解した。
「せめて方法くらい、自分で選びたい。やっぱ、だめだよね」
夕日に照らされるフィンネの目は澄んでいて、どこまでも静かだった。
泣いてもいなければ、震えてもいない。
本当に、それを望んでいる目だった。
「だめなもんか」
僕はフィンネの目をまっすぐに見て言った。
「その代わり、僕も一緒だ」
「……え?」
フィンネの目がはっと見開かれる。
僕の決断。それは想定していなかったのかもしれない。
「もうお前だけ、つらい思いさせないから。それに、二人なら、怖さもきっと半分だろ」
僕は深く頷いた。覚悟ならもう、決まっていた。
彼女は少し逡巡する素振りを見せた。
でも最後には、コクリと頷いてくれた。
「ありがとう、カルロ」
二人で手を繋ぎ、橋の淵に立った。
下を見下ろしてみる。
高い。流れも早い。多分助からない。
でも……仮にもう、戻れなくなったとしても。
二人一緒ならあとはもう、どうでも良かった。
「せーので、いこうか」
フィンネが微笑みかける。
でもつないだ手からは、震えが伝わってくる。
そりゃそうだ。怖くないわけない。
だから僕も、今持てる精一杯の明るさで、笑い返した。
「せーの!」
そして水音だけが、僕たちの決意を見送ってくれた。