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※この文章の作成にはChat GPTを一部使用しています※
叫び声とともに、目を覚ます。
その瞬間、僕は理解した。
ああ、これは、また――
いつものベッドの上。いつもの部屋の中。
僕の家だ。火事なんて全く起きていない。
でも。
僕から吹き出した汗で、シーツがぐっしょりと濡れていた。
「カルロ……」
声の方を向く。フィンネが隣にいた。
彼女は――生きていた。
ベッドの上に座るフィンネ。
真っ青な顔で、肩をわなわなと震わせている。
僕は彼女を抱きしめた。
彼女の腕も、僕の背にすがってくる。
お互いの存在を確かめ合うように――僕らはしばらく抱き合った。
「やっぱり、また……同じ夢をみたんだよね?」
その問いに、僕は頷く。
「ああ……でもこれは、やっぱ夢なんかじゃないよ」
そう。体が覚えている。
あの熱気、煙の匂い、肩の焼ける痛み――
僕は確信した。
時が、巻き戻っているのだと。
フィンネの頬を涙が伝う。
僕はそれを、指先でぬぐった。
「辛い思いさせてごめん……今度は必ず、守るから」
でも、やっぱりなんの確信も持てなかった。
フィンネはただ、小さくうなずくのみだった。
◆
僕は朝から必死で考えを巡らせた。
こんなにも考えたのは、多分、生まれて初めてだ。
村を離れることも考えた。
ここにいると、なにか良くないことが起こるのかもしれない。
だが、フィンネは首を横に振った。
「私……多分だけど、どこにいても同じ気がする」
「えっ?」
どういうことだ?
僕は言葉の続きを待った。
「うまく言えないけど……なぜか、そういう感覚があったの。火事のときも『あ、もう無理だ』って」
なんだって?
なら、今考えていることも、全部意味ないじゃないか。
僕はちょっと憮然としてしまったかもしれない。
でも、フィンネは続ける。
「それでね……今も感じるの。真っ黒な塊が胸の中にいる。そんな感じがする」
あまりに突拍子もない話だ。
でも、フィンネの表情は真剣そのものだった。
「その黒い塊が、どんどん大きくなって、最後には私が飲み込まれて……そうするとね、それで、終わり。私は死んじゃうの」
しばらく、僕は言葉を失ってしまった。
「変な話しして、ごめんね」
「いや……大丈夫」
そう言いつつ、僕の心は無力感に蝕まれていた。
フィンネの話の通りなら、その黒いものをどうにかしない限り、この運命から逃れられない。
なら、どうすればいいか……
いくら考えても、答えが出そうになかった。
だからとにかく今は、できることをやるしかない。
魔物のいる道には近づかない。
アンドレさんに火煙虫の事を知らせ、薪は全部処分させた。
万が一に備え、火の気のあるものはすべて遠ざけた。
水を張った桶をいくつも置き、万全の態勢を取った。
これ以上ないくらい、僕は頑張った。
そんな昼過ぎ、疲れて休んでいる僕に、フィンネがぽつりと言った。
「ねえ、カルロ。さっきの続きなんだけど……どうして、こんなことが起きてるんだと思う?」
「今はまだ、わからないよ。それより、生き延びることを考えよう」
「うん……でもね、聞いて。私、考えが止まらないの。もしかして、あの願いが原因なんじゃないかって」
なぜか、心臓が跳ねる感じがした。
「願い?」
「そう。流星群の夜……カルロ、お願いしたこと覚えてる?」
ああ、僕はたしかに願った。
あの夜、あの山頂で、星空を見上げて――
『この幸せな日々が、ずっと続きますように』
フィンネは強く唇を噛んだ。
「もし……もしもだよ? その願いが、こういう形で叶えられているのだとしたら?」
僕は彼女が何を言いたいのか、なんとなく察した。
「つまりね……私の運命はもう決まっていて、今日、黒い塊に飲まれて絶対に死んじゃう。それは変えられないけど、カルロの願いは叶う。こうやって何度も、同じ日を繰り返すことで……」
「ちょ、ちょっと待て!」
僕は思わず遮った。
「あれはただの迷信だよ。おとぎ話なんだ!」
そう。それはこの村の人なら誰もが知っている。
叶うにしたって、こんな魔法みたいなことが起こるわけない。
でも……
「私だって、そのくらい分かるよ……分かってた。だけど、それ以外に理由が思いつかないの」
「いや……まさか。そんな……」
僕は愕然とした。
もし、本当にそうだとしたら――
僕の願いが、この事態を引き起こしている。
フィンネの死は……避けられない。
でも、僕にとっての幸せは、フィンネがいること。
ならば、永遠に同じ日を繰り返せばいい。
そうすれば、今日という日は続く。永遠に――
「だ、大丈夫! カルロのせいなんかじゃないから」
僕の顔を見て、フィンネは慌てた様子で言った。
「もしこの願いが無かったら……私はきっと、そのまま死んでいたんじゃないかな。時が戻ることもなく……」
何も返す言葉がなかった。
重い沈黙がのしかかる。
これが神様や運命のいたずらなら、なんて残酷な仕打ちだろうか。
だけど……だからといって受け入れる訳にはいかない。
僕が望んだのは、二人の未来なんだ。
時間は刻々と迫ってきていた。
◆
夕暮れになった。
あの時が近づく。
僕たちは家の中で、ただじっと時がすぎるのを待った。
絶対に外には出ない。外からの火の手もない。
当然、魔物の気配もない。
きっと、今度こそ。
隣りに座り、ただ待っていたフィンネは、静かに呟いた。
「カルロ。また、もしも、何かあったら……」
「何も言うな。絶対に、何も起きない」
僕は彼女の手を握りしめた。
微笑むフィンネ。
でもその目には、いつものような光が無かった。
その時……
ドンドンドン!
玄関の戸を激しく叩く音がした。
誰かが、外にいる。
「今すぐあけたまえ! こちらはフランドル伯の使いである!」
フランドル伯だって?
僕らの村を含む、この領地を治める領主の名だ。
こんな村になんの用だ。
とてつもなく嫌な予感がする。
でも、相手は領主の使いだ。
居留守を使うわけにもいかない。
「ねぇ……どうするの?」
不安そうに見つめるフィンネ。
僕は心配しないでと声を掛け、ゆっくりと玄関の戸を開けた。
鎧を着込んだ男たちが十数人、ぐるりと取り囲むようにして立っていた。軍人だ。
先頭の背の高い男が、僕の肩越しにじろりと室内を見渡す。
「お前と、女ひとりか?」
「はい。僕の妻です。それより、一体何の用で……」
「いいから、今すぐ外にでたまえ!」
僕とフィンネは引きずり出されるようにして外に出た。
離れ離れになり、男たちに後ろ手にされ捕らえられる。
「頼む! やめてくれ!」
僕は思わず叫んだ。
「一体なにが目的だ!?」
背の高い男はひとつ咳払いをすると、声高に説明を始めた。
「本日正午過ぎ、この村に火煙虫が出たとの知らせが入った。フランドル伯は被害拡大を防ぐために、この村を廃することをお達しになった。そのため、これより建物や畑、全てを解体し、ここを更地に戻す!」
目眩が、僕を襲ってきた。
「何人か抵抗した村人もいたが、みなあの世に行くことになった。お前らもそうなりたくないだろう……大人しくしていたまえ!」
何だこの感覚は。
これは……とてつもない、無力感だ。
いくら対策しても、運命はそれを上回っていく。
それも、より最悪な形で。
「ほお……なかなか可愛い娘じゃねぇか。こんな田舎モンの嫁にしておくには惜しいな」
はっとしてフィンネの方を見る。
彼女を捉えていた男が、舐るような手つきで、その白い顔を撫でていた。
彼女の顔は恐怖に引きつり、頬に涙が伝っている。
震える唇から、絞り出すような声が聞こえた。
「た……たすけて……」
その瞬間、僕は眼の前が真っ赤になった。
「今すぐ、フィンネを離せ!」
僕は力いっぱい束縛を振りほどくと、彼女に向かって駆け出した。手を伸ばして男からフィンネを引き剥がそうとする。
しかし……
「あっ!」
僕は途中で、その場から一歩も動けなくなった。
背中から腹にかけて、剣が貫通していたからだ。
「あ……あ…………」
経験したことがない痛みに、僕は為す術がなかった。
がくりと膝をつき、そして倒れ込んだ。
「だから言ったろう。抵抗するからだ」
背後からそんな声が聞こえた。
意識がだんだんぼーっとしていく。
フィンネの泣き叫ぶ声がどんどんと遠くなっていく。
これが……これが、死ぬということか。
なんと冷たくて、悲しくて……辛いのだろう。
次は……次こそは……
そう考える僕の意識は、血溜まりの奥底へと沈んでいった。