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※この文章の作成にはChat GPTを一部使用しています※

 流星群の夜から三日が経った。


 星降り山の麓にある僕らの村で、鶏の鳴き声が新しい朝を告げていた。


 僕はいつも通り家を出て、薪割りの準備をはじめる。


 あたりには淡い霧が漂い、木々の葉先には露が光っている。

 僕は朝の空気を全身に浴びて伸びをしたあと、薪小屋へと向かった。


「……あれ?」


 倉庫の中で湿気た薪を見ながら、僕は強烈な違和感を覚えた。


 この光景を、僕は知っている。


 いつのことだったろうか。

 昨日だっけ……いや、たしかに今日だ。

 なぜだろう。僕は今日起こることを知っている。


「カルロ?」


 突然の声に、僕はびくりと肩を震わせた。 

 振り向くと、そこに立っていたのは、今朝と同じ格好をしたフィンネだった。


 今朝と同じ格好をした?

 違う。これは違う。


 だって彼女は――

 魔物に襲われて、息絶えたはずなのに。


「カルロ? 顔色、悪くない? 大丈夫?」


 頭がおかしくなりそうだ。

 彼女が心配そうに、僕の背中に手をやる。


 温かい。確かに、生きている。

 じゃあこの記憶は一体なんだ。


 聞かずにはいられなかった。 

 僕は彼女に向き直り、その細い肩を掴んだ。


「フィンネ……お前……」


「ど、どうしたの急に」


「お前、昨日……いや、でも、さっき……」


 うまく言葉にならない。


 ああ、僕はおかしくなってしまったのだろうか。

 フィンネが死ぬなんて、そんなこと、起こるわけないのに。


 でも。

 様子がおかしいのは、どうやら僕だけじゃないみたいだった。


 フィンネの顔がみるみるうちに青ざめていく。


「あのね、カルロ……私、夢を見たの」


「夢?」


「うん。すごく、すごく怖い夢……」


 彼女の声は――ひどく怯えていた。


「夢の中で私、隣町に買い物に行ってた。で、その帰り道、あの白いお花がまた欲しくて、お花畑に行ったの。そしたら……そこで…………」


 その後は、待っても言葉が出てこなかった。

 フィンネの震えが、僕の手のひら越しに伝わってきた。


 僕は彼女をを抱きしめた。そうするしかなかった。

 身を震わせるその体は、いつも以上に小さく感じる。


「ねえ、カルロ」


 今にも泣き出しそうな声。


「これって、ただの夢だよね?」 


「……わからない」


「なんで……うんって言ってよ」


 嘘は、つけなかった。

 いや、ついている場合ではない。


「全く同じ夢を、僕も見たんだよ。いや……夢だったかも怪しい。あれはとても……現実的だった」


「そんな……」


 僕は改めてフィンネの姿を確かめる。

 そこには、血の跡ひとつない。傷ひとつない。


 けれど、僕は確かに覚えている。確かに経験した。

 あの突き刺すような絶望が、ただの夢のはずがない。


 彼女は――一度、死んだ。

 そして今、時間が巻き戻った。



 ◆



 僕たちは朝の食事もそこそこに、急いで話し合った。


 このままだと、フィンネはまた死ぬかもしれない。

 いや、死ぬ。そう考えないとだめだ。


 だから、今日は村の外へ出さない。

 魔物がいる場所には絶対に近づけさせない。


「今日は絶対に外へ出るな」


「うん……」


「町へも行かなくていい」


「でも、蜂蜜パン……」


「もういらないよ。花畑もなしだからね」


「う、うん……そりゃ、そうだよね。わかった」


 とにかく、彼女を安全な場所に留めておけばいいんだ。

 それで、今日が無事に過ぎれば……


「ねぇ、カルロ」


「ん?」


「私たち、これからどうなるの?」


 フィンネの前に置かれたスープはほとんど減っていない。


 そりゃ、不安に決まっている。

 死ぬかもしれないのは、僕ではなくフィンネだ。


 だから、僕まで弱気になってはいけない。


「大丈夫。僕が守る」


 なんの確信もなかった。けど言い切った。

 自分を奮い立たせるためかもしれない。


 そのおかげが、フィンネは少し微笑んでくれた。

 僕は彼女の手を握る。


 その温もりが、なんだか幻のようで。

 僕はもう一度、強く握りしめた。



 ◆



 僕はとりあえず、午前中に村の会合に顔を出した。

 確かめたい事があった。


 今日と同じ日の記憶。

 それを持っているのが、僕たちだけとは限らない。


 ありのまま村の皆に聞いてみる。 

 しかしその反応は、一様に同じだった。


「なにわけ分からないこと言ってる、カルロ」


「まだ寝ぼけてるのか? もう昼だぜ」


 結果。誰もそんな記憶を持つものはいなかった。

 今日の記憶があるのは、僕とフィンネのふたりだけのようだった。


 まるで意味がわからなかった。

 なぜ僕たちだけが? 一体、なんでこんなことに……


 でも、考えてても仕方がない。 

 僕は会合を途中で抜けて、すぐに家に帰った。


 フィンネは不安そうに、窓際の席に腰掛けている。

 今日はこれから、彼女のそばをひとときも離れない。

 そう誓った。




 それでそのまま、僕たちは家の中で過ごした。


 もうすぐ夕暮れになる。

 フィンネの話だと、魔物に襲われたのは昼過ぎらしい。

 ならもう、とっくに過ぎている。


 もう大丈夫だ。僕は少し緊張を解く。

 今日という日を生き延びれば、明日は違う朝が来るはずだ。


「ねえ、聞いてもいい?」


 窓の外を見ながら、フィンネが声をかけてきた。


「もしさ、これが正夢とかだとしてさ。なんかの意味があるのかな?」


「意味って?」


「例えばだけど、神様があそこは危険だから近づくなーって、事前に教えてくれたり……とか」


 なるほど。お告げみたいなものか。

 だとすれば、僕は神様に感謝してもしきれない。

 一生拝み倒してもいいくらいだ。


 でも本当にそれだけ?

 僕はまたなにか見落としている気がして、妙にそわそわしてきた。


「あれ……カルロ。あれなんだろう」


「え?」


 フィンネが、窓の外を指差す。

 夕暮れの日差しの中。

 広場の方から、もうもうと煙が上がっていた。


「ねえ、まさかあれって……」


 いや、間違いない。あれは――


「火事だ! 火事だぞ!!」


 怒鳴り声が響いてきた。

 カンカンカンと、非常を知らせる鐘の音が村中で鳴り響く。


 なんてこった。

 まさかこんなことが起きるなんて。


「カルロ、どうしよう……!」


「だ、大丈夫だよ。火の手はまだ遠い。うちにまでは来ないはず……」


 しかしそう言っている間にも煙は迫力を増し、空を黒く染め上げていく。

 これは……やばいかもしれない。


「カルロ……ちょっと行ってきたほうがいいんじゃない? 村のみんなも困ってるかも」


「それは……そうだけど」


 今日はフィンネのそばから離れない。

 そう誓っていたが……


「私なら大丈夫。家の中から出ないから」


 確かにここにいれば少なくとも安全だ。


「わかった。ちょっと見てくるよ。でも、何があっても、絶対に外に出ちゃ駄目だからな」 


 フィンネにそう言い残し、僕は外へと飛び出した。




 広場はもう人だかりになっていた。

 集会所は轟々と燃え盛り、その火の手は他の家々にも侵食している。


 みんなが頑張って水をかけているが、誰がいくらやっても追いつく気配がない。


 唖然として突っ立っていると、水を運んできたアンドレさんがやってきた。

 煤で顔が真っ黒だ。


「お、おい、カルロ! どうやら、俺の薪に火煙虫がついてたみたいで……ちくしょう! なんでこんなことに!」


 火煙虫!?

 山火事の原因とも言われている、あの火煙虫が薪に?


 でも、この村でそんな虫が出たことなんてないはずだ。

 少なくとも僕は、一度だって聞いたことが無い。


「ここだけじゃないんだ。俺の薪を分けた家で同じ事が起きてる。そういや、お前のとこは大丈夫なのか?」


 なるほど。みんな薪が湿っていて、アンドレさんの薪をもらっていたから……


「え、ええ、大丈夫です。薪は貰ってないし……」


 僕は会合を途中で帰ったし、アンドレさんの家にもいかなかった。

 だから大丈夫だ。


 でもアンドレさんは、眉間にシワを寄せたまま言った。


「いや、それがな。実はお前の家にも俺の薪、こっそり置いといたんだよ。困ってるかと思ってな……だからもしかしたら……」


 は? なんだって……?

 いつの間にそんなことを!


 僕は背筋が凍った。

 振り返ると――僕の家の方からも火の手が上がってるのが見えた。


 フィンネがいる、家から。


「っ――! フィンネ!」


 声の限り叫びながら、僕は家に向かって再び走り出した。


 なんで……なんでこんなことに。

 このままじゃ、また……またフィンネは――


 頼むから逃げててくれ。

 そう願いながら家へとたどり着く。


 案の定、僕の薪小屋は燃え上がり、その火炎は僕らの家にまで侵食していた。


 フィンネは見当たらない――やっぱり、まだ中に?


「フィンネ! どこだ!」


 僕は矢も盾もたまらず火の中に飛び込んだ。


「カルロ!」


 奥からフィンネの声。煙を吸わないようにしてなんとか側までたどり着く。

 彼女は机の下に小さくなってうずくまっていた。


「ばかっ! なんで、逃げてないんだ!?」


「だ、だって、カルロが家から出るなって……」


 真面目だ。こんな時まで、フィンネは真面目すぎる。


「こういう時はいいの! ほら、早く出るぞ」


 僕は彼女の手を握り、机の下から引っ張り出した。

 しかし――その瞬間、轟音とともになにかが落ちてきた。


「うわあっ!」


 咄嗟にフィンネをかばう。

 肩にものすごい衝撃が走る。


 くそ! 肩が焼けるように痛い。

 でもまだ、動ける。


「カルロ……ごめん、苦しい……」


 フィンネが咳き込みながら力なく言う。


「すぐ出る。もう少しだ!」


 フィンネを無理やり引っ張りながら、なんとか出口を目指す。

 だけど……


「カルロ……ごめん…………」


 掠れた声を最後に、彼女の身体から力が抜けるのがわかった。

 振り返って、倒れ込む彼女を受け止める。


「おい、うそだろ……フィンネ!」


 叫んだ。でも、もう手遅れだった。

 彼女の目は虚空を見つめていた。


 もうここには――いないのがわかった。


 僕は焼け落ちる家の中で、フィンネを抱きしめたまま、ただ叫び続けた。

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