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※この文章の作成にはChat GPTを一部使用しています※

 それから――僕達にとって、たくさんの月日が流れた。


 フィンネのお腹には希望が宿っている。

 それはどんどん大きく、期待とともに膨らんでいく。

 昨日より今日、今日より明日――


 フィンネと赤ん坊は、僕に大切な思い出をくれたんだ。

 三人で過ごした一瞬一瞬が、とてもかけがえのないものになった。 


 


「ねぇ、名前。どうしよう」


 窓辺の椅子に座り、フィンネがふと呟いた。

 彼女のお腹はだいぶ大きくなり、少し動くのにも気を使う程になった。


「名前か。何がいいかな」


「星に願って生まれてきてくれた子だから……ステラちゃん、とか」


 やっぱり、フィンネのセンスはなんというか……少し変わってるかもしれない。

 苦笑しながら答える。


「ちょっと安直じゃないか? それに、この子は流星群より前にお腹にいたんだから」


「む……たしかにそうか」


 フィンネは納得したのか、むー、と唸ってまた考え始めた。ちょっと助け舟を出す。


「意味も大事だけど、やっぱりみんなに覚えてもらいやすい名前もいいよな。男の子ならトム、女の子ならアリスとか」


「もちろんいいけど、なんかこう、もうひと捻りというか」


 また少し唸ったあと、フィンネは急に顔を曇らせた。


「おい、大丈夫か?」


 お腹をさすっている。

 最近は腹の痛みが頻繁に起こるようになっていた。

 もう、近いのかもしれない。


 僕はフィンネを支えながら、ゆっくりと横にした。


「ちょっと考えすぎちゃったよ」


 フィンネは笑いながら言う。

 でもその額には汗がじんわりと浮かんでいる。


「なにかして欲しいこと、あるか?」


「ううん、大丈夫……それより、そばにいて」


 僕は頷いて、彼女の手を握った。


「またエメラルダさんのとこ、行こうな」


「うん。でも、毎回のように驚かせちゃって、ちょっと悪いよね」


 確かに、エメラルダさんはフィンネのお腹を見るたび、毎回新鮮な驚き方をする。

 まあ、彼女からすれば、当たり前の話ではあるのだけれど。


「この子が無事に産まれたら、ちゃんとお礼しなくちゃな」


「そうだね」


 フィンネは心の底から愛おしそうに、膨らんだお腹を撫でる。


 僕はその表情を見て、胸の奥に潜む、一抹の不安が首をもたげるのがわかった。

 それはこれまで見て見ぬふりをしてきていた、ある仮説。


「なあ、フィンネ」


「うん?」


 フィンネがこちらを見てくる。

 その目は、あの流星群の夜と同じ、ガラス細工のようにきらめく目。


 僕は言おうか言わまいか、一瞬悩んだ。

 でもこのまま、胸のうちに秘めておくことは、どうしてもできそうになかった。


「もし……もしも。フィンネの願いが叶って、この子が無事生まれてきた後、それでもフィンネの運命は変わらないとしたら……」


 この繰り返しの日々は、お腹の中の子を育てるための時間だとして。それが達成され、この子が生まれたとき。


 この繰り返す日々がどうなるのか……そして、フィンネはどうなるか、誰にも分からない。


 例えば、フィンネの運命は変わらず、そして、繰り返しの日々も終わる。

 そんなことになりはしないだろうか。


 それがとても、怖かった。

 だから、続く言葉が出てこなかった。


 でも。


「……大丈夫だよ、カルロ」


 ぎゅっと彼女の手が、僕の手の上から握り返してきた。


「この子といっしょに、笑ったり泣いたり喧嘩したり……たまには馬鹿やって、少しは羽目外しちゃったりするけど……楽しくて、とても幸せ。そんな日々を送るんだって、私決めたから」


 その言葉が、とても力強く僕の胸の奥に響いた。


 彼女は泣いてなんかいなかった。

 後ろ向きな気持ちは、これっぽっちだってないんだ。


 思えば、僕はいつだって彼女に救われてきた。


 この日々を終わらせるために努力していたときも、みんなに助けを求めて嘲られたときも、二人の気持ちがすれ違ったときも。


 僕も未来を向く時が来たんだ。

 僕たち三人の未来を。


 だから――



 ◆ 



 夕暮れ時、僕は寝ているフィンネを起こさないように立ち上がり、準備をした。


 あの白い花。

 フィンネと僕は話し合い、この可憐な花に頼ることを決めた。


 お腹の中の赤ん坊は、なにかに守られている。

 そう考えないと、今までちゃんと育ってきたことに説明がつかなかった。


 それに、苦しい最期を迎えることの肉体的、精神的なな苦痛のほうが、良くないことかもしれない。


 この選択が果たして正しいのか、それはもう、わからない。

 ただ自分たちが信じた道を進む。

 答えはそこにしかなかった。


 いつも通り、僕は根を刻み毒を用意する。

 でも器は一つ分。フィンネの分だけだ。


 彼女は望んだ。

 いくのは自分だけで良いと。


 それより、見守っていてほしかったと言った。

 手を握って、呼吸が止まるまで、ただ見守っていてほしいと。


 僕はフィンネを起こし、その口に琥珀色の液体を運んだ。

 その喉がコクリとうごき、彼女はそれを飲み込んだ。


 そのまま横になり、ただじっと、その時を待つ。


「また……あし、た……ね」


 意識が朦朧としているのか、呂律が回らないままフィンネが言った。


「あい……して、る」

「うん。僕もだ」


 握った手から力が抜けた。

 しばらして彼女の意識は……旅立った。


 これは儀式なんだと。そう思った。

 僕たちが未来へ行くための。

 僕たちが幸せになるための。


 僕たち家族は必ず、たどり着いてみせる。


 だから――

 だから僕は、妻を殺す。



 ◆ 



 その時は突然やってきた。


「カルロ! 痛い……!」


 朝。僕は飛び起きてフィンネを見る。


 彼女はお腹を抑えて、苦悶の表情を浮かべていた。

 下のシーツは水浸しになっている。


「ま、待ってろ!」


 僕は着の身着のまま家を飛び出し、エメラルダさんを呼び出した。


「はあ? 赤ちゃんが生まれる? 今すぐに? あはは! 冗談が得意だね、カルロ」


 いつもなら楽しく見れた彼女の反応。だが、今はそれどころではない。


「いいから、はやく! いますぐ来てください!」


 そう言って引っ張りながら家に連れ込む。

 エメラルダさんは数秒間、目を白黒させていたけど、すぐに頭が切り替わったようだ。


「カルロ! 今すぐメリダとナタリーを呼んできな! あと、きれいなガーゼをありったけ集めてくるよう、男たちに知らせて。ほら、ぼーっとしなさんな!」


 エメラルダさんの迫力は、それはもうすごかった。


 僕は彼女に言われた通り、村を駆け回ってやるべきことをした。

 それから、火煙虫を秘密裏に処理させ、絶対に誰も街道に出ないよう釘を差した。


 それはエドガーじいさんに頼めば簡単だった。

 流星群の話をすれば、彼があっさりと信じることは検証済みだった。


 今日は、今日だけはこの村に何も起こさせない。

 起こしてたまるものか。




 家に戻ると、エメラルダさんを筆頭にメリダさんとナタリーさんがてきぱきとお産の準備を始めていた。


「ほら、王子様。フィンネのそばにいてやんな。それに、あたふた騒がれても迷惑だからね」


 そう言われ、僕は彼女の寝ている隣に座った。


「調子はどう?」


 彼女は少し疲れた顔をしていた。

 けれどその表情は柔らかかった。


「うん、だいぶ落ち着いたよ。ありがとう」


「なんかしてほしいこと、ある?」


「ううん。でも、そばにいて」


 僕はこくりと頷き、そこからひとときも彼女から離れることはしなかった。




 そして日も傾き始めた夕暮れ。

 途端に家の中は騒がしくなる。


「ほら、頑張って! ちゃんと息、吸って、吐いてっ!」


 ついに最後の陣痛が始まった。


「うあぁ〜ッ!」


 フィンネが聞いたことないような叫び声を上げている。全身汗がびっしょりで、顔は真っ赤だ。

 正直、今まで経験したどんな最期より、苦しそうに見えた。


 痛みに耐えるように、彼女は僕の手を握りしめてくる。僕はそれをがむしゃらに握り返し、励ます。

 もはや僕には、それしかできることがなかった。


「がんばれ……がんばれ、フィンネ!」


 空はすでにオレンジ色に染まっている。

 いつもなら、終わり時間がやってくる頃合いだ。


 もし……もしいま、死がやって来てしまったら。


 僕がそんな恐怖を感じた、次の瞬間。


 ――おぎゃー!


 天使のラッパが聞こえた。

 生まれた……僕たちの子が、この世に生まれたんだ。


「ほらごらん! 立派な赤ん坊さ。元気な女の子だよ!」


 エメラルダさんはぐっしょりと汗をかき、いっぱいの笑顔で僕の子を抱いていた。


 とても、小さい。

 人間とは、こんなにも小さく生まれてくるんだ。


「さ、まだ終わってないからね」


 メリダさんがハサミを持ってきて、へその緒を慣れた手つきで切り落とした。

 その瞬間――


「うわっ!」


 切られたへその緒の先から、ドボドボと何かがこぼれ落ちた。


「な、なにこれぇ!?」


 エメラルダさんも流石に慌てている。

 僕は急いで彼女を支えに行く。

 落としたら大変だ。


 流れ落ちたその液体は、僕らの足元に溜まった。

 このツンとした匂いは……


「毒だ……」 


 そう。

 この匂い。僕は何度も嗅いだ。


 これは間違いなく、あの白い花から抽出した毒の液体。

 フィンネがあおった毒は、この子に届くことはなかったんだ。


「あれ……へその緒が……」


 今度は、赤ん坊のへそから伸びているへその緒が、炭化したように黒くなっていく。


 そして、最後はバラバラに無って霧散した。


「なんだろう、いまの……こんなの、初めて見たよ」


 エメラルダさんは困惑した表情を僕に向ける。

 僕は生まれたての子をよく見る。

 口を大きく開け、全身を使って泣いている。


 体におかしいところは一つも見当たらない。

 元気な赤ん坊に見えた。


 黒く変色したへその緒。

 フィンネがかつて話していた、胸に棲む黒い塊を思い出した。


 これは、もしかして……


「カ……ルロ」


 その時、か細い声が聞こえた。


「私にも……見せて」


 フィンネが疲れ切った……でも、とても満足そうな顔でこちらを見ていた。


「……ああ、待ってろ」


 僕は思考を止める。

 今は考えるときなんかじゃない。


 エメラルダさんから僕の子を受け取り、フィンネのもとへ行った。


「ああ……とても……かわいい」


 フィンネの目から涙が一雫、こぼれ落ちた。


「……本当に、良かった」


「ああ……本当に」


 フィンネはコクリと頷くと、静かに目をとじた。


「フィンネ?」


 目を閉じる彼女の顔はとても綺麗だった。

 そのきれいな顔のまま、彼女は動かなくなった。


「フィンネ……フィンネ……」


 僕は彼女に声をかける。

 うっすらと微笑むその表情は、まるで聖母の彫像だった。


「ほんとに、よく頑張ったな、フィンネ……」


 僕はフィンネの小さな手のひらを、いつまでも、いつまでも、握り続けた。


 そして、僕たちはとても久しぶりに……夜と星空に包まれた。

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