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※この文章の作成にはChat GPTを一部使用しています※

 それから五十回ほど同じ日を繰り返した。


 フィンネやエメラルダさんの言っていたことが正しかったと、僕はようやく分かった。



 気の遠くなるような時間だった。

 その間に、彼女の下腹部はゆっくりと、でも確かに、膨らんでいった。


 もう、赤ん坊の存在を疑う余地はなかった。


「花の毒はもうやめる」


 悪心もだいぶおさまってきたこの日、フィンネは僕にそう告げた。


 それは、僕たちが見つけた最も穏やかな終わり――白い花の毒を、拒む言葉だった。

 お腹の子に悪影響があるかもしれない、と。


 死に方がどうであれ、母体が滅べば、赤ん坊にとって良いことなんてひとつもない。

 そう、僕は言った。


 けれど。


「それでも……せめて体に悪いものを口にしたくないの。エメラルダさんも言ってたでしょ。なるべく栄養のあるものを食べろって」


 彼女の思考すべてが、お腹の中の命へと向いていた。

 僕には、それが――はっきり言って面白くなかった。


 結局のところ、僕はこの繰り返しの中に、ぬるま湯のような安らぎを覚えていたんだと思う。


 初めはただ恐ろしくて、辛かったこの世界は、今では僕を優しく包む、苦くて甘い繭だった。


 けれどその繭は、彼女の胎内で芽吹いた命によって破かれ、現実の風が冷たく吹き込んできた。


 でもフィンネはその外の景色を見ていた。

 僕だけがその中にただ、しがみついていた。


 そしてひとり、ここに取り残される。

 そんな気持ちになった。


 結局、フィンネは毒を頑なに拒否した。

 だから僕たちは、別の方法を考えなくてはならなかった。




 それで、さらに三十回ほど同じ日々が積み重ねられた。


 その間、僕たちは手探りで、終わりの方法を探した。

 ただ何もせず、来る運命を受け入れることはしなかった。

 

 ある日は、湖の底に身を沈めた。

 ある日は、火の煙を肺いっぱいに吸い込んだ。

 ある日は、山の頂上で寒さに震えた。


 どれも、毒と比べてあまりに苦しかった。


 それでも、僕はフィンネと一緒に、それを行った。

 せめて、彼女をひとりでいかせたくない。

  意地のようなものだった。

 

 けれど。

 限界は何にでもある。僕の心にもだ。


 クモの巣が部屋を覆っていくように、僕の心は闇が巣食っていった。





「あ、あんた、いつの間に! 昨日までぺったんこだったじゃないか!」


 フィンネのお腹が明らかに目立ち始めた頃、僕たちは再びエメラルダさんの元を訪れた。

 彼女は目を見開き、手にした桶を取り落とした。


 無理もない。

 周囲から見れば、彼女は一晩で妊婦になったのだから。


「と、とにかく診てやるから。うちに入りな」


 混乱しつつも、エメラルダさんは丁寧にフィンネの体を診てくれた。

 彼女いわく、妊娠してからもう数ヶ月経っている状態らしい。


 やはり赤ん坊は、僕たちの足踏みにもかかわらず、前に進んでいる。

 この子だけが、この世界で時を刻んでいた。


 家に戻ると、フィンネはいつものように窓辺の椅子に腰を下ろした。

 最近の彼女は、そこを定位置にして、あまり動かない。


 酒も、歌もやめた。

 ハイキングも、釣りも、もうしない。


「あっ、今ちょっと動いたかも」


 なんて言ってお腹を撫でながら微笑むフィンネの姿は、どこか人間離れした、ある種の神々しさを帯びていた。


 死を迎える数時間後のことなど、まるで頭から抜け落ちているかのように。


 彼女の精神は、すでに人を超越した。

 そんなふうに思えてならなかった。


「ねえ、カルロ。なんだかむくみが酷くなってきて……マッサージお願いしていい?」


「ああ……」


 僕は気の抜けた返事をしながら、ベッドに横になった彼女の足を擦る。

 ふくらはぎに指を当てると、少し赤い肌がじんわりと熱を帯びていた。


「ありがとう。こういうのも、赤ん坊にいいんだってさ」


 目を閉じて嬉しそうに微笑む彼女を見て、なぜか胸の奥がざわついた。

 心に渦巻く言葉が、突如として口をついて出た。


「こんなことしても、なんの意味もないよ」


「え?」


 彼女の目が、不意に見開かれた。


「どういうこと?」


 僕の言うことが理解できない……いや、理解したくない。

 そんな声色だった。


 でも、僕は続ける。


「だってさ……流星群は、フィンネの願いを必ず叶えてくれる。僕らが何をしようが、この子はきっと生まれてくるんだよ」


「……だから、なに?」


 その声は、低く、鋭く、冷たかった。

 警鐘が心の中で鳴りひびく。

 それでも僕は止められなかった。


「つまりさ、全部無駄だったんだよ。今までの努力も、痛みも、全部。何もしなくたって、この子は同じようにここにいた。そうだろ?」


「なに? 何が言いたいの?」


 彼女の目に、うっすら涙が滲んだ。


 もういいだろう。

 彼女を追い詰めて、何になる?


「つまり、お前は、赤ん坊のことばかり気にしすぎだよ。何したって、ちゃんと生まれてくるんだから……なあ、もう少し気楽にいこうよ。また前みたいにワインでも……」


「そんなの、できるわけないよ!」


 フィンネは、今にも壊れそうな声で叫んだ。


「この子は、成長してるんだよ? まだわからないの? 私たちとは違うの……この子の命は、たった一つなの!」


 彼女の目から涙がこぼれ落ちた。

 その音すら聞こえそうなほど、部屋は静まり返っていた。


「……どうして……なんでそんなこと…………」


 すすり泣く声が響く。

 僕にはそれが――たまらなく嫌だった。


「……もう、限界なんだよ」


 声は自然と漏れ出ていた。

 言葉にしてしまえば、戻れなくなると知っていながら。


「前はこのままでもいいって……この日々でもいいって、フィンネも言ってたよな。あれは嘘だったのか?」


 やめろ。

 こんなことを言いたいんじゃない。

 僕はただ…… 


「それに今まで何回、辛い思いをして死んだ? 溺れたり、凍えたり、焼かれたり……もう、耐えられないんだ。付き合いきれない」


 僕は立ち上がり、彼女に背を向けて、そして言った。


「そんなに赤ん坊が大事なら、今日からは――お前ひとりでいけよ」


 沈黙。

 痛いほどの、沈黙だった。


 しばらくして、ベッドが軋む音。

 そして、ゆっくりと歩く足音。


「……カルロの言うとおりだね。私、付き合わせてた。つらい思いさせて、ごめん」


 戸がきぃ……と開き、外の冷たい空気が部屋に流れ込んだ。


「これからは、好きにお酒飲んでいいよ。心配しないで、この子は私が、ちゃんと産んでみせるから」


「フィン……」


 振り返った。けれど、そこにはもう誰もいなかった。


 ただ、開け放たれた戸が、風に揺れていた。

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