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※この文章の作成にはChat GPTを一部使用しています※
灯りのいらない夜だった。
長く続く山道を登るたび足元の砂利が小さく音を立てる。
白い息が、淡く揺らめいては消えていった。
「ねえ、カルロ」
隣で、フィンネの声が響く。
どこか儚くて、優しい声色。
「願い事、決めた?」
僕は空を仰ぎ、答えた。
「もう決めたよ。フィンネは?」
夜空には、数えきれないほどの流れ星があった。
今日は特別な夜だ。
十年に一度、雨のように降る流星群。
今夜、「星降り山」の山頂で願いをかけると必ず叶う。
そんな迷信が、僕らの村にあった。
「そっか。私はまだ、迷い中。ねぇ、参考までに聞かせて?」
フィンネがあまりにも無邪気に聞いてくるから。
僕は少し――からかいたくなった。
「後で教えるよ。頂上についたらね」
「えー! それじゃ、遅いよ。なんで?」
「んー、なんとなく」
「いじわる!」
フィンネが子供みたいにふくれっ面をする。
そんな姿がかわいくて、でもすこしおかしくて。
僕はついつい、吹き出してしまう。
それにつられてか、フィンネも笑った。
鈴の音のような、コロコロとした笑い声。
僕はそれが好きだった。
「もう……次、笑ったら許さないからね」
「ごめん、ごめん。でも、願いなんてむやみに言うもんじゃないだろ」
「そうかなぁ……私は聞きたいけど」
「じゃあ、願い終わったら教えるよ。もちろん、フィンネのも聞かせてもらうけど」
「いいよ、分かった。約束ね」
そんな話をしながら道なりに進む。
繋いだ手から、温もりが伝わってくる。
「ねえ、カルロ」
少しだけ握り直す感触。
「こうして一緒に歩いてるとさ、なんか不思議な気分になるね」
「不思議って?」
「うまく言えないけど……こう……あったかい感じ?」
そんなことを言って、フィンネは照れくさそうに笑った。
誰かと手を繋いで歩くのなんて、いつぶりだろう。
幼い頃に亡くなった母親を思い出す。
僕は彼女の温もりをもっと知りたくて、確かめたくて、指をそっと絡めた。
フィンネも、それに応えるように握り返してくれる。
幸せとは、きっと、こういう些細なことかもしれない。
些細な幸せの積み重ねが、人生を豊かにしてくれる。
それを噛み締めながら、僕たちはゆっくりと、山頂を目指して歩いた。
◆
「さあ、ほら……着いたよ」
頂上に辿り着いた瞬間、フィンネが息を呑む。
「……きれい」
星降り山の山頂から見上げる夜空は、どこまでも広く、澄んでいた。
無数の流れ星が尾を引いて、次々と空を横切っていく。
光の川が流れていくような、神秘的な光景だった。
「やっぱりすごいね、流星群って……」
フィンネが呟く。
僕は彼女に聞いた。
「願い、決まった?」
「……うん。迷ってたけど、もう決めた」
「わかった」
ぎゅっと、手を握る力が強くなる。
時は満ちた。
僕たちは目を閉じ、流れゆく星々に願いを託した――
しばらくして。
心のなかでゆっくりと願いを言い終えたあと、僕は目を開けた。
「それで? カルロくんは何を願ったのかな?」
フィンネが僕の顔を覗き込んでいた。
願い終わったら教え合う。たしかに約束した。
「えーっと……」
僕はとっさに誤魔化そうとした。
素直に言うのは恥ずかしかったから。
でも、僕を見つめる彼女の目は、ガラス細工のように澄んでいた。
それはこの空の星々なんかより、よっぽど綺麗だった。
これに嘘をつけるわけがない。
「『この幸せな日々が、ずっと続きますように』……かな」
言葉にした瞬間、心臓が早鐘のように鳴った。
やっぱり、恥ずかしい。
けれど、フィンネは僕をからかうことなんてしなかった。
ただ、まっすぐに僕を見て、
「そっか。ありがとう。嬉しいよ」
と言って、少しうつむいた。
「さあ、僕は言ったよ。次はフィンネの番」
はやく恥ずかしさを忘れたくて、わざとぶっきらぼうに聞いてみる。
フィンネはふっと口角を上げた。
そして、僕の手をそっと振りほどくと、くるりと背を向け斜面を駆け下り、振り返りざまにこう言った。
「ないしょ!」
その瞬間、鮮やかな青の光を放つ流星が、僕らの遥か上空を駆け抜けた。
青く照らしだされた、彼女の満面の笑み。
僕はそれに少しの間、見惚れてしまった。
はっと我に返る。
「な、なんだよ、それずるいぞ!」
「あはは、知りたかったら捕まえて!」
彼女はくるくると舞うように坂を駆け降りて行く。
「おい、待てって!」
僕も慌てて後を追った。
灯りのいらない夜だった。
二人の行く道は、流れ行く星々が照らしてくれた。
走るフィンネの背を追いながら、僕は確かに思った。
僕は、僕たちは、幸せなのだと。