09 恋の行方
「ああ~!俺は!大バカ者だ~!!!」
「なんてことを…!」
「もうだめだ…」
ここは北方方面第一師団駐屯地。
先ほどからアンドリュー・チェスターの自室からは悔恨の叫びが聞こえてくる。
薄い官舎の壁なので、その嘆きは廊下に筒抜けだ。
「何か悪い報せだったんでしょうかね…?」
アンドリュー・チェスター卿が大隊長を務める部隊に所属する新米将校エドワードはパーシー副隊長に尋ねた。
「あんまり免疫がないからな……。まあ慰めてみるよ」
パーシーはアンドリューの部屋をノックした。
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1時間前。
チェスター少佐に婚約者からの手紙が6日ぶりに届いたことが大隊中に瞬く間に伝わった。
北方の狼と異名をとるこのアンドリューの恋がどうなるのか、皆興味深々。恋の行方を占う賭けも始まっていたぐらいなのである。
「来たんだよ。今日。婚約者様からの手紙が6日ぶりに」
「やっとか! おれやきもきしたよ。毎日来てたのが急に来なくなっただろ?振られたんじゃないかと思って」
「ユーチャリスの鬼神、妖獣1000匹斬り、北方の狼とか異名を持つ少佐も色恋はさっぱりだからな」
「副隊長によると「初めての恋」だそうだよ」
「なんだよ。それ。ある意味恐いぞ。いくつだよ」
「本気になった相手がいなかったってことだよ。公爵家だぞ。名家だからな。話はいくつもあったし、もう少しでまとまるところまでいった縁談もあったんだってさ。でも妖獣討伐の危険な遠征ばかりでご令嬢方が嫌がるらしいよ。それ以前に今回みたいに少佐本人が本気になってるのは見たことないって」
「いままで軍の仕事一筋だったもんな。うまくいってほしいよな。うちの大隊長には。」
「で、さっき部屋に手紙を持っていったそうだよ…。いまごろにやけてんじゃないの……? おっ!? なんだ!?」
チェスター少佐の部屋からうなり声がきこえたのだ。
「うおおおおおおお~! 俺は! 俺は! なんてことを~!!!!!!」
「いい知らせじゃなかったみたいだな」
「誰か副隊長に知らせろよ。親友なんだから慰めてくれるだろ……」
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パーシーは部屋をノックした。
「パーシー・レイノルズ副官入ります」
部屋の中ではアンドリューが手紙を片手に涙目だ。
「パーシー。俺だめみたい」
「情けない姿だな。おい。北方の狼だろ。怪我はもういいのか?」
「怪我……?あんなもん怪我に入るか。それより俺婚約者を傷つけてしまった」
「手紙か。嫌いですって書いてあったか?」
「違う。読ませることはできないが、でも俺がよかれと思ってしたことは相手にとても失礼だったし、悲しませたし、悔しい思いもさせたし、寂しい思いもさせたし、う~ん…あともっと言えるぞ、情けない気持ちにもなったろうし…」
「待った待った。それでお前どうなの。レディの言うことがもっともだ、自分が間違ってたって思うの?」
「心から! ほんと心からそう思う。」
「じゃあ、謝りにいけよ。1週間後には休みになるだろ。それで解決」
「許してもらえるだろうか」
「お前いいやつだからな。ちゃんと真意を伝えられたらたぶん許してもらえるよ」
「ちゃんと真意を…」
二人がああだこうだ言い合っていると廊下から靴音が聞こえた。
「入っていいかな」
ノックと同時に扉が開いた。
「大佐!どうぞお入りください」
「あ、二人とも立たなくていいよ。かけてかけて」
王国陸軍北方連隊、連隊長パント大佐は柔和そうな顔をにこにこさせながら自分も椅子に腰かけた。今は好々爺という風貌だが若い時は荒獅子と呼ばれた勇者だ。
「ちょっとね。お見舞い。どう?チェスター。傷治った?」
「は。もうすっかり癒えております。1週間ほどで完治いたしました」
「う~ん。そう? ちょっと立って。うんそう。右足だけで立って。それで左足の膝伸ばしたまま前に高くあげてみて。額につくぐらい」
「あ…いや……その90度が限界ですが…おいやめろパーシー持ち上げるな」
パーシーに左足をつかまれたアンドリューはバランスがとれずゆらゆらしている。
「あ~これはだめだね。そこまでしか上がらないなんてまだ完治してないね。どう思う? レイノルズ」
「え…あ…? あ! はい! そうですね。大隊長はまだ完治しておられないご様子」
「チェスター、君は今日から休暇」
「あ、いえ。大佐。私は週末まで勤務となっておりますし、怪我はすっかり治っております。そもそも私の怪我は肩……」
「まあまあ。とにかく傷を治すのはラガーツの温泉あたりがいいときくよ。君、ずっと休みなかったし。そこでゆっくりしてきなさいよ。ついでにその近くの強盗騒ぎがあった学校にはうちからも2名警備兵出してるから激励に行ってきてよ」
「大佐……」
「今から単騎で駆ければ夕方にはつくよ」
「は! チェスター少佐、ただいまより休暇に入ります!大佐。ご配慮ありがとうございます。 パーシー・レイノルズ副官。後は頼む!」
敬礼をし、部屋を出たアンドリューは10分後には馬上の人になった。
部下たちの声援だかはやし立てる声だかを背中で聞きながら、アンドリューは馬を矢のように走らせていく。
「大佐。お優しい措置にレイノルズ、感服いたしました」
パーシーが感じ入ったようにパントに話しかける。
「うん。まあね。ぼくチェスターの恋が実る方に賭けてるのよ。がんばってもらわなくちゃね。君どっちに賭けてる?」
「私も実る方だったのですが……。言いにくいのですが賭けは流れましたよ。全員がそっちに賭けたそうです」
「ほっ! そうかそうか」
二人は愉快そうに声を立てて笑った。