06 深夜のどろぼう退治
「結局真犯人は被害者の腹違いの兄だったわけです。ウォーレン卿がそれは鮮やかに謎を解かれて……。とても素敵でした……」
「あれから私たち、屋上へ行ったの。ロングレイル様はご自分のご領地のことをいろいろ教えてくださって……。とても素敵だったわ…」
「チェスター卿と庭園でたくさんお話をしたんだけど、私のおしゃべりをずっと微笑んで聞いてくださって……。大人の余裕って言うか……。とても素敵だったの! そしてアンドリューって呼んでほしいって……。キャッ!」
「ちょっと長いわよ。グレース。一言ずつで順番よ~」
「そうです! そうです!」
「許して〜」
深夜2時。消灯時間はとっくに過ぎていたが3人娘の「とても素敵」連呼のおしゃべりは止まらない。
「ねえねえ!私達の婚約者さまって!」
「「「すてき〜!!!」」」
きゃーヤダ~恥ずかしぃ~と騒いで、しーっ静かにっ! までがセットだ。
結局「ゴシック館殺人事件」のなぞ解きはジェーン、ウォーレンペアが夕飯前ギリギリに解決。ディナーはエヴァンス校長の教育理念を拝聴する会(ついでに食事つき)という感じで終始し、そのままお開きになった。今晩は殿方はグレースたちのいる本館とは別棟に宿泊するという。
「ああ……。でも明朝に皆様は帰られてしまうのよね」
「また一緒に謎解きをしたいです」
「もしまた来て下さるなら落とし穴は埋めとかなくちゃ……あらっ?」
「どうしたの。グレース」
「何か音がしたわ。…ほらっ」
確かにガタガタと音がした後、複数の靴音がしている。
「もしかして……校長先生また……」
「そうね。殿方のいるうちに、もうひとつ授業を設けたのね。夜間のどろぼうの時は……ジェーンなんだった?」
「フォーメーションDですね! でも人数が足りません!」
「今日から3人だもの……。足りないわよねえ。まあ、武器を持って立ち向かいましょうよ。ほんとは夜中は勘弁してほしいけど。せっかく恋バナに花が咲いてたのにね」
文句を言いながらも3人はベットの下から演習用武器を引っ張り出した。
その時乱暴にドアが開き、見知らぬ男たちがずかずかと部屋に入ってきた。
「まあ! 淑女の寝室に無礼な! いくら授業と言っても最低限の礼儀はわきまえなさい!」
グレースが一喝するとセーラ、ジェーンもそうよそうよと同意した。
「なんだぁ? このお姫さんたちは…。わけわからんこと言ってやがるな…。ん…。なかなか別嬪ぞろいじゃねえか…。」
グレースは猛烈に腹が立ってきた。
エヴァンス校長許すまじ!! せっかく素敵なアンドリュー様との庭園デートの余韻に浸っていたのに、こんな時にまでも授業を! しかもしかも今日の悪漢役は人相が極悪顔じゃないの! いつもなら授業の悪者役は学校の庭師やコックや事務員で「すみませんね。お嬢様がた。わたしたちだってやりたくないんですよ。早くうちに帰りたい……」という気持ちをだだもれにしながら演じているのに、今日のは態度も図太いわ。さすが王立花嫁学校……、外注で役者を持ってきたわね。ん? もしかしたらアンドリュー様がかっこよすぎてそのあとにこの人たちを見たから極悪顔って見えたのかしら。そうかもね……、ごめんなさいね役者さん。
その時ジェーンが叫んだ。
「グレース、セーラ!校長の意図がわたくしわかりました!これは…やはり夫婦で力を合わせて館を守る! その授業なのです!」
「ということは……」
「そうです! 私たちが戦っている最中に婚約者の皆様がここに駆けつけてくださるのです!」
どうしましょう姫ポジションだわ。
「では! 私たちもここで1か月お勉強した成果をお見せしなくちゃね!」
「そうね! 完璧にやり遂げたら校長先生からお休みのプレゼントがあるかもだし!」
「そうしたら、またデートできるかも!」
「役者の皆さん。お手柔らかに」
え~と。館への侵入者へは…最初は警告…よね!
「グレース!あなたよ!」
二人にうなずいたグレースは威厳たっぷりの表情で侵入者に対峙した。
「慮外者! お引きなさい。私は半年後に王家に繋がる公爵家に嫁ぐ者。このような真似をして王家が黙っていようか。これ以上の狼藉を働けば、お前たちの命はもちろんその一族に至るまできっと重い罰を受けるであろう。それが嫌ならここから速やかに去るがよい!」
(どうかしら…?)後ろを振り返るとセーラとジェーンが拍手をしている。
男たちはグレースの剣幕にたじろいだ。
「兄貴…公爵家……王家だと…まずいよ…」
「くそ…もう顔も見られている。いっそ殺っちまおうか」
男が短剣を抜いてセーラに刃を向けた。
「きゃあっ」
「おやめなさい!!」
グレースがセーラをかばう。
その時男の動きがとまり、目を見開きゆっくり倒れこんだ。
「無礼者! わが妻に狼藉を働くものは許さぬ!」
チェスター卿の怒りの声に部屋が揺れた。
剣をふるいチェスター卿は次々と侵入者を倒していく。
「グレース!」
「アンドリュー様!(妻?つま?ツマ?)」
「大丈夫だ。すぐに片付ける。部屋の隅に3人でいて」
アンドリューはグレースを引き寄せ一瞬強く抱きしめるとすぐにまた剣を振るい始めた。
ロングレイル、ウォーレンも一緒だ。婚約者たちに加勢する恰好でグレースたちも部屋の隅から授業で使っている石つぶてや目つぶしの粉を悪漢たちに投げつけ応戦する。
アンドリューたちが来てからものの1分と経たないうちに10人ほどの悪党たちは全員倒された。
「アンドリュー様」
アンドリューに近寄ったグレースはしっかりと抱き留められた。
「大丈夫。大丈夫。もう怖いことはないよ」
「(うわあ…なに…この状況…校長的にはOKなのかしら……?)あの…いらっしゃるのが少し早うございました…。私たちもう少しこの授業を自身の力でも頑張りたかったです。校長先生が及第点をくださるか心配です…。お休みがもらえなくなります…。」
グレースが口火を切ると他の二人も口々に言葉をつなぐ。
「そうです!わたくしも新式さすまたを使ってみたかったです!」
「グレースの口上の後は、わたくしの番だったのです。残念だわ」
「それにしても役者さんたち気絶の演技がお上手ですわね……」
ロングレイルがあきれたようにグレースたちに言葉をかけた。
「何をおっしゃっているんです。レディたち。こやつらは本物の」
「本物の役者です。」
アンドリューが遮るように続きを話し始めた。
「王都から呼んだ本物の役者なのです。最近地方都市の館を襲う凶悪な強盗団がいるのですが、それになり切って演じてくれました。私たちは早く来すぎたようですね。でも私は演技と言えど悪漢があなたに言葉をかけるのも傍にいるのものも許せなかったのです」
「アンドリュー様……」
「この部屋では今日は眠れないでしょう。空き部屋はたくさんある。どうぞ移動なさってお休みください。」
グレースたちが部屋を出るとロングレイルがアンドリューに向き直った。
悪党たちの何人かが床でうめいている。
「チェスター。そうだな。レディたちを怖がらせることはないな。助かった。」
「いや。多分明日には気づいてしまうだろうがな。今日のところは落ち着かせたくて」
「ずっと気づかなければいいな。おい起きろ!明日は王都へ連行する」
アンドリューたちは手早く悪党たちに縄をかけていく。
本物の強盗たちは致命傷は負っておらず全員生きていた。
王都では厳しい詮議が待っているだろう。