05 二人の気持ち
「皆様でやっていただく課題は…『ゴシック館殺人事件』の謎解きです!」
「マダム。意図がよくわかりませんが…」
チェスター卿が困惑気味に尋ねる。
「よろしいでしょう。お答えします。
うちの生徒の嫁ぎ先、チェスター様、ロングレイル様、ウォーレン様のお家は名門中の名門。どちらもそれにふさわしい城をお持ちです。ゴシック様式の城、長い歴史……とくれば過去様々な表沙汰にできない事件があったはず! 外に漏らしたくない事件の解決はどうします? そんな時はご領主と奥方の2人で難事件を解決し、それを秘密裏に闇に葬らなければならぬのです! どうです!」
外に漏らしたくない事件……
「ありませんな」
「うん。うちもない」
「うちは父が警察省の大臣なので秘密裏の処理はご法度です。そもそも私たちの城はゴシック様式ではない」
次次に否定した殿方に校長は少し悔しそうだ。
「……くっ! フ、フフ……さすがはうちのトップ3の生徒たちの輿入れ先……。隠ぺい体質はないということですね。大いに結構! でも不可抗力の出来ごとがあるやもしれませんよ! これはどうです!
『お父様の財産をジェームス1人が受け継ぐなんて許せないわ!』
『まったくだ! すべては弁護士の今日の発表にかかっているが……』
『それにしてもジェームスはどうしたの? 恥ずかしくてここに顔を出せないんじゃあなくて?』
『奥様! 隣の部屋でジェームス様が! 拳銃で……』
『なんですって!』
『だめだ……。もう死んでいる……』
『なんてことだ! 先週からの大雪でここに警察は一週間は来られない! わたしたちも出られない!』
『お母様! 怖いよう!』
『ぼうや!』
さあ! こんなときどうするのです! どこぞの世界にいるという外国訛りのちょび髭探偵や死を呼ぶメガネ少年探偵はここにはいないのですよ! 可哀想な坊やが怖がっているのに犯人を屋敷内で一週間も自由にさせるのですかっ?! こういう時に必要なのがこの授業なのです!」
「あ…。いや…。まあ…、マダム…。申し訳ない…。考えが至りませんでした…」
「やります…でもジェームスは私の名なので変えてください…」
「警察省大臣の息子の名にかけて!努力いたします!!」
校長は満足そうに頷いた。
「それでは夕飯は19時の予定なのでそれまでに解決してください。いまからスタートです。はい! スタート!!」
チェスター、ロングレイル、ウォーレンの3人は端のほうでなにか相談しあった後、それぞれの婚約者の元へ散った。
「レディグレース、こちらへ。庭へ行きましょう。」
グレースが校長から渡されたなぞ解きカードを読んでいるとチェスター卿はそう提案してきた。
「えっ。でも最初は書斎へとこの謎解きカードに」
「この謎解きはウォーレンに任せます。奴は警察大臣の息子ですからね。とても頭が切れる奴なんです。私達が一緒じゃなくてもすぐに事件を解決しますよ。話はつけてきました」
「まあ! お相手のジェーンもとても物知りなんです。ジェーンの知識には私たち誰も太刀打ちできませんのよ!ではこの事件解決は最強名探偵ペアにお任せでいいですね!」
チェスターは愉快そうに声を出して笑い、グレースの手を取って走り出した。
「急ぎましょう。校長に見つからないうちに!」
グレースの胸は高鳴った。
(私……いま男性と手を繋いで走っている……?
どうしようどうしよう。こんなこと初めて。
チェスター卿、きのうはボロボロだったし、今日は申し訳なくてお顔をあまり見られなかったけれど…
とてもハンサムだわ…。
優しそうなグリーンの瞳、少しだけウェーブのあるブラウンの髪、お背が高くてとてもご立派に見えるわ……。
それに笑ったお顔がチャーミング!
それにそれに3つも罠にかけたのに怒ってないって!
お優しいわ……。
もしかしたら4つでも怒らなかったんじゃないかしら。5つは……?
この方が私の未来の旦那様……。
どうしよう。どうしよう。私の胸の鼓動が聞こえてしまってない? これが恋……?)
チェスター卿アンドリューの胸の鼓動は火事場の半鐘状態だ。
(落ち着け落ち着け落ち着け。アンドリュー! ここはなかなかスマートにエスコートできたのではないかな。だが広間で彼女から先に詫びを言わせてしまったのは良くなかったぞ。いくらレディグレースが可愛くて眩しくてなかなか一言目が出なかったとしてもあれは失態だった。怖かっただろうなあ……。俺が怒ってると思ってたよな。紳士としてどうなんだ。あの状況。
俺は断じて! 断じて! 怒ってなんかいなかったんだからな!
穴から空を見あげた時、金色の髪にサファイアの瞳をした天使がいたと思ったよ。
「ご無事ですか…?」
天使に無事かと尋ねられたよな? 本当のところ、瀕死でした。危うく死んでますって言いかけたよ。天使に声をかけられてお迎えが来たかと思った。
しっかりしろアンドリュー! 今だ! 今と未来を考えろ! 庭に出たあと…そのあとの会話はどうすればいい? 頭をフル回転させろ!!!
言うか? 言うか? あなたのことは2年前から知っていると。
上級貴族の間で毎年開催される花まつり。あれに俺も毎年出ているんですよ。
2年前に見かけた時は優しそうな両親に甘えるあなたと弟を見て仲の良さそうな家族だなと思っただけだった。
1年前の祭りには母親がいなくて、あなたが弟を甘えさせていた。伯爵夫人は病気で亡くなったと後から聞いたんだ。可哀そうにな。まだ自分も甘えたかっただろうなと思ったよ。
そして今年。18になったあなたは輝くばかりのレディになっていた。若い男はみんなあなたを見ていたけれど、あなたは水遊びをして逃げ回る弟を着替えさせようとしてすごい勢いで追いかけていていたよね。あの時噴水に落ちたままになっていた弟さんの靴を拾ったのは俺です。そっとあなたのテントの脇に置いたんだ。俺はあなたをちらっと見ただけのつもりだったけれど幼馴染のパーシーのやつが「ようやくアンドリューが恋に目覚めた」なんて吹聴するもんだから、仲間内ではちょっとその時話題になってしまった。
そうこうするうちに国王陛下のお耳にも達してしまって今回の縁談になったんだ。国王は甥である俺がなかなか結婚しないのを心配なさってたからどんどん話を進めたよね。俺はうれしかったけどあなたはどうだろう。
うう……長い!! 頭をフル回転させたがこれを簡潔にレディグレースに話せる自信がない。話し方を間違えてストーカーっぽく思われても困る……。追いかけてなんか絶対ないからな。花まつりの時に3度見かけただけだ。しかもあなたを素敵なレディとして見たのはは今年からだ……。
どうするどうする……
結局考えすぎて身も心も疲弊したアンドリューが庭園デートでグレースに話したことは
「アンドリューと呼んでください」
それだけだった。