03 はじめまして婚約者殿
「減ったわよねえ……。ねえグレース」
「そうよね……。もう10人しか残ってないものね……」
「わたくしは! 最後までやり遂げる所存っ!」
「ジェーン….。いつも元気ね……」
アマリリス花嫁学校の裏庭では10人の娘たちが落とし穴づくりの真っ最中だ。
「本日の実技授業はトラップ作りの続きです。裏庭に様々なトラップを仕掛けてください。完璧な奥方は悪漢から屋敷、財産、ひいては命を守らねばなりません!!」
と言うエヴァンス校長の課題に取り組んでいるのだ。
アマリリスに入学してから1ヶ月。当初30人いた生徒は10人までに減っていた。
オリエンテーリングから始まった実技授業はその後マラソン、水練、ロッククライミング…などなど多岐にわたり、ここ1週間は「悪漢からの防御、トラップ作り」の授業が続いている。およそ花嫁学校とは思えぬ修行……もとい授業に脱落者は続出。しかし残った10人の絆は強くなった。この10人は身分の差も成績の差も障壁にはならず、対等な仲間だった。
「私達もう一生の友よね! 嫁いでもずっと心の友でいましょうね。」
1ヶ月の辛い授業を耐え抜いた仲間は口々に誓い合った。
「グレース! グレース! 黄色テープの外はいいのよ! 頑張りすぎないで!」
「えっ! あっ! あら! 私ったら!」
「わかるわよ……。こういう作業やってると無の境地になってくるのよね……」
エヴァンス校長の鼻をあかせたくて意地で穴を掘り続けていたグレースは、いつの間にか範囲外にまで落とし穴を作って枯れ草をかぶせていた。
「きのうはアメリアの班がやっぱり夢中になりすぎてテープの外に矢のトラップ作ったって」
「一昨日はケイトが外側に網の罠作ってしまったらしいわよ」
「あ〜あ。明日以降は余分なの取り除かなくちゃねー」
「これだけ動くとお夕飯が待ち遠しいわ! ここは実技授業以外はお食事もお部屋もお風呂もベッドも素晴らしいものね! あ〜早くごはん食べたい!」
「ほんとほんと!」
あはははは〜と明るい娘たちの声が響いた直後に、遠くからヒュン! ヒュン! と音が鳴った。
「なんだ! なんだ?! 敵か!」
男の声がする。
その直後ズザーッという音とうわあーっ! という叫び声。
「矢トラップ……、発動したんじゃない?」
「網で吊るされる音……したわよね…?」
ザッ! 剣で網を切る音がした後
「なんだなんだ! この学校は!」
また男の声。
遠目に見えた男は元は立派な騎士のようだ。元はと言うのは今現在の騎士は2つの罠にかかった為にマントは破れ、衣服はほこりまみれ、髪もぼうぼうに乱れているからである。
「網……抜け出せたみたい」
「怒ってるわよね? 立派な騎士(元)に見えるけど……あれは怒ってるわよね!」
男は娘たちに気がつくとそちら側に近づいてきた。
「失礼。レディがた。ここはアマリリス花嫁学校でよろし…」
「サー! だめーっ! そこは踏まないでー!!」
グレースの絶叫は間に合わなかった。
「うわーっ!!!」
ズザザザザーッ
グレースが恐る恐る落とし穴を覗くと、空を見上げるかっこうの男の目と合った。
「ご無事ですか…?」
「動揺はしていますが……無事です」
騒ぎを聞きつけて走ってきたエヴァンス校長も穴をのぞき込む。
「まあ! ロード・チェスター! ほら! レディグレース! ちゃんとチェスター卿にお顔をお見せしなさい。」
グレースはどこかで聞いた名前だわね…と3秒ほど考えたあと青ざめた。
男は青くなったグレースを見上げながら礼儀正しく名乗る。
「はじめまして婚約者殿。こんな所から失礼。私があなたの未来の夫、ダミエ家のチェスター。アンドリューです。」
公爵家の長子に矢を射かけ、網で吊り、穴に落とすという三段落ちをさせた10人の娘たちは我と我が一族にふりかかる不敬の罪に恐れおののいた。
特定される前にここを去らねば……。そのうちの7人の生徒は貸し馬車で夜陰に紛れて学校を去った。
翌朝、入学から1ヶ月と1日。
昨日一生の友情を誓い合った10人の友は本日から3人になったのである。