02 楽しい学校生活の始まり?!
アマリリス花嫁学校はユーチャリス王国の西北の森林地帯にあった。
建物は美しくいかにも若い娘たちが通う学び舎という雰囲気で、庭もよく手入れされている。
今日はアマリリス花嫁学校開校1日目。
入学者は30人。いずれも良家の令嬢だ。
グレースはすぐに全員が集められた講堂で隣に座ったセーラ伯爵令嬢と仲良くなった。
「グレース様、どんなことをこれから習うのかしら。ドキドキしますね!」
「セーラ様、今日はオリエンテーションだそうですから今後の授業がどんなものかきっとわかりますわね。楽しくお勉強いたしましょうね!」
カ〜ンカ〜ンカ〜ン
敷地内の塔にある鐘だろうか。美しい音が聞こえてくる。
他の席でも若い娘たちが楽しくさざめきあっている。
そのうち、前列の方から少しずつ話し声がなくなっていった。いつの間にか1人の初老の婦人が講演台の前に立っていたのだ。皆がそれに気づいて講堂は静まり返った。
「はい。皆さんが静かになるまで先生は3分待ちました」
氷のような冷たい声に震えあがる娘たち。
「先ほど3度鳴らした鐘は幸せの鐘。皆さんの今日1日が幸せなものになるよう、皆さんがお輿入れ先で幸せになれるよう、祈りを込めて毎朝始業時に3度鳴らします。」
初老の婦人は生徒たちをゆっくりと見回した。
「私はメアリー・エヴァンス。校長です。みなさんには早速今日から実技授業を受けていただきます。山中に入ってオリエンテーリングです。はい。あなた、どうぞ」
手を挙げている生徒にエヴァンスが指名する。
「あのう…オリエンテーションでは…?」
「オリエンテーリングです。裏山にポイントを設けてありますから皆さんは地図に従い順番にポイントを通過してください。急な斜面もあります。何箇所かハシゴ、鎖場もあります。落ちたら大変ですが落ちなければ無事です。安心の熊鈴を携帯してください。はい。あなた、どうぞ」
「花嫁学校…とオリエンテーリングはどういう関係があるのでしょう…?」
「良い質問です。立派な奥方はどんな時にも慌てず騒がず危機を乗り越えなくてはなりません。きのこを採りに険しい山に入ってうっかり道に迷うかもしれないし、夫とけんかして家出してうっかり山に入ってしまったり、花の香に誘われてうっかり山に足を踏み入れてしまったり、可愛い息子の凧の糸が切れて追いかけている内に山にうっかり探しに行ったりした時にこの授業が役に立つのです。
おや。皆さんそんなにうっかりすることはないだろうとお思いですか?『わたし今からうっかりしそう〜』なんて思いながらうっかりすることはないのです。うっかりはいつも予期せぬ時にやってくるのです。はい、あなた。どうぞ。」
指名されたのはグレースだ。
「私達のような立場の者で険しい山にきのこを採りに行くことはあるのでしょうか……?」
「お聞きなさい。
『ぼうや! しっかりして! ああ……熱が下がらないわ……』
『お母様……ぼく……きのこのスープが……飲みたいの……』
『ぼうや! わかったわ! 誰かある! 山にきのこを採りに行っておくれ!』
『奥方様。使用人たちはみな祭りに出かけております。私はぎっくり腰が……』
『なんですって!』
『お母さま……きのこ……』
さあ! あなたならこんな時どうするのです! 可哀想なチャーリーの願いを無視するのですか?!! 山に行くのですかっ!?」
「……行きます…はい……。というかチャーリーなんですね……。はい。あの……まあ…なにかいろいろ想像できず申し訳ありませんでした……」
グレースは混乱しながら答えた。
いや、いまは全員が混乱していた。怒っている者、泣きそうな者、すでに泣いている者、驚いている者、その感情は様々だが
全員一致している気持ちは
「とんでもない所へ来てしまった」
ただ1つだ。
「メアリー・エヴァンス校長…! 恐るべし! 開始5分で皆の心を一つにするとは……!」
メガネを掛けている委員長タイプのジェーン子爵令嬢のつぶやきに両側の生徒から「違うでしょ!」
と突っ込みが入る。
グレース含め30人の生徒たちはその日、体育着に着替え、裏山の行軍をした。