11 幸せの鐘
「アンドリュー様!???」
5メートルほど下で氷嚢型の網に入って揺れているのはどうみても婚約者様のようだ。
網の下には先ほどまであった階段はもうない。落ちたら100メートル下まで直行だ。
「グレース!」
「危ない! 人を呼びます!兵隊さんたちをすぐに!」
「グレース! あなたに謝りたいんだ。私はあなたにひどいことをした」
「そんなことは今はいいです。どうかあまり揺れないようにじっとなさって」
「いや! 言わせてほしい! 私があなたになにも伝えなかった理由………。友には真意を話せと言われました。だが真意も何も……。私が浅はかだっただけなのです。恋に浮かれて物事をよく考えなかっただけなのです。その結果大事な人を傷つけるということを考えなかった。ワイバーン討伐が決まった時も怪我をした時も別に言わなくてもいいかな、心配させたり悲しませたくないもんなと、軽くかるく考えていたのです。だが今ならわかります。私のしたことがどれだけ不誠実なことであったのかを。妻となる人に遠征先も任務も教えず、身体の状態も知らせない。他者からそれを聞いた時のあなたの驚き、心配、悲しみ、悔しさ……。あなたの手紙の通りです」
「アンドリュー様…」
「どうか私を許してください。そして夫婦で共に良いことを喜び、悪いことを乗り越えていく機会をお与えください」
「アンドリュー様……! 私! 私こそ! 手紙を出して後悔したのです。あの後父から言われました。『北方連隊の方々は妖獣退治が日常。ましてやユーチャリスの鬼神、北方の狼とまで言われているチェスター卿なら、ワイバーン討伐も今回の怪我も特別な事ではなかったのだよ』と。それなのにあんな手紙を出してしまって。なんてなんてわがままな女なのだろうと恥じました…。でも…それでもやはりあなたのお仕事は知りたいのです……。心配なのです……」
「お伝えします! これからは言える範囲の仕事のことを!」
「アンドリュー様! これからは良いことも悪いこともご一緒に!」
「では! まず今の悩みを聞いていただけますかっ!」
「どうぞ!」
「怖いです! この状況が怖い! 早く校長を呼んでください!」
固唾を飲んで二人の様子をうかがっていたセーラとジェーンは、あわてて緊急事態用の発煙筒を焚いた。校長と兵たちがアンドリューを網から救出したのはその30分後。地上100メートルの網の中で揺れ続けていたアンドリューは網から出るとよろよろしながらグレースに歩み寄った。
「グレース、愛している」
「アンドリュー様、愛しています」
カ~ンカ~ンカ~ン
抱擁する二人を見てエヴァンスは鐘を3度鳴らした。
入学当初から校長が鳴らし続けている幸せを願う鐘だ。
その1週間後、グレース、セーラ、ジェーンの3名は王立ユーチャリス花嫁学校を卒業した。
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3年後王立ユーチャリス花嫁学校の講堂では入学式が執り行われていた。校長メアリー・エヴァンスの挨拶が始まっている。
「皆さん入学おめでとうございます。これから伝統のオリエンテーリング授業をやっていただきますが
その前に栄えある第一期生のご活躍をお教えしましょう。
まずはロングレイル卿夫人セーラ。
この方はご夫婦で社交界のファッションリーダーとなって我が国の服飾産業に大きく貢献していらっしゃいます。私の本日の晴れ着もご夫婦が手掛けたブランドのものです。今から皆様に着ていただく体育着は奥方考案の丈夫で着心地の良い布地で作られているのですよ。
次にウォーレン卿夫人ジェーン。
奥方はご夫君の警察のお仕事をお手伝いされながら、ミステリ作家としてご活躍中です。今年度のわが校の授業になんと無償で! 書き下ろしなぞ解き小説を提供してくださいました!! 私はもう読みましたが、ふふふ……今から皆さんが実習されるのが楽しみです…!
最後にチェスター卿夫人グレース。
この度ご夫君が公爵位を継がれて公爵夫人となられています。ダミエ公爵は肥沃で広大な農地をお持ちです。奥方は従前の農具とは全く異なる鍬とスコップを開発。「グレースの軽くて強い鍬とスコップ零式」として量産にも成功し、我が国の農業に大改革をもたらしました。皆さんが今後「悪漢からの防御、トラップ作り」の授業で使う鍬とスコップも無償でご提供いただいたこの農具です。また、ご夫婦で防犯意識も高く、ご領地内に盗賊が入ることはないのだとか。領民からは「吊り網の公爵」「落とし穴の奥方」と慕われているそうです。
お三方ともとても夫婦仲睦まじく、卒業後もご夫婦で年に1度はこの花嫁学校に来校されています!
さあ!みなさんもこの素晴らしい先輩に負けないようにお勉強に励んでください!
今から鳴らす鐘は幸せの鐘。これから毎朝始業時に皆さんの今日の幸せとお輿入れ先での幸せを願って鳴らします!」
カ~ンカ~ンカ~ン
ユーチャリス花嫁学校の美しい学び舎に清らかな鐘の音が響いた。
全11話完結です。お読みくださりありがとうございます。
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