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パパ活女子

作者: さば缶

 マッチングアプリでそのメッセージを受け取ったとき、正直、度肝を抜かれた。

「マンガ喫茶でしてみない?」

という、いきなりの誘い。

誰なのかもよくわからない相手からの唐突なアプローチに、最初は正気を疑った。

けれど、なぜかその奇妙な提案を断ち切れなかった。


 一度きりの冗談だろうと高をくくり、待ち合わせ場所に指定された安っぽいマンガ喫茶へ向かった。

店内の案内表示を見ながら、監視カメラがついていない個室を探す。

彼女の言う通り、喫煙席の個室を借りて待つことにした。


 指定された日時になっても、彼女の姿はなかった。

やはり冷やかしかとため息をつきかけた瞬間、個室の扉が音もなく開き、少女のようにも見えるギャル風の女性がすっと入ってきた。

その扉が閉じるまでのわずかな瞬間、外の照明が彼女の瞳を照らし出す。

綺麗な顔立ちをしているのに、派手すぎないメイクと、どこか控えめな仕草が印象的だった。

声を出して話すわけにはいかない状況だったので、互いにスマホを使って筆談を始める。

この不可思議なやりとりに、内心驚きと緊張とが交互に押し寄せてきた。


 筆談での自己紹介をざっと終えると、彼女はタバコを取り出して、少し申し訳なさそうに火をつけた。

同時に、おもむろにバッグから小さな菓子袋を出して「一緒に食べよう」と書いて寄こす。

不思議な親近感が湧いて、緊張が少しだけ和らいだ。

しかし、次に表示されたメッセージの内容に、思わず息を飲んだ。

そこにははっきりと金額の交渉を持ちかける言葉があった。

安くはない値段を提示され、こんなやりとりに馴染みのない自分は戸惑う。

けれど、そのときの彼女の眼差しには妙な説得力があり、頷いてしまった。


 そうして一通りの雑談を挟んだあと、彼女はスマホの画面に「横になっていい?」と打ち込んでから、個室の床にそっと横になった。

行為を始めるなら、やはり小声すらも周囲に聞かれてはまずい。

無言の合図で彼女に近づくと、彼女は目を伏せ、わずかに唇をかむ仕草を見せた。

刺激的だけれど、ここは普通のマンガ喫茶。

板一枚隔てた向こうには他の客がいる。

大胆なのか怖いもの知らずなのか、彼女の様子からは小さな緊張と好奇心が混じり合った空気を感じた。

互いの体温を確かめ合うように、できるだけ静かに身を寄せ合う。

自分も意識のどこかで「こんな場所で」と戸惑っていたが、彼女の存在がそれすらもかき消してしまった。


 しばらくして、行為を終えると、二人でアニメを無音で流しながら一息つく。

小さな画面の光だけが個室をぼんやり照らし、なんとも不思議な連帯感がそこにはあった。

そんな中で知ったのは、彼女がある風俗店のナンバーワンであること。

しかも、その店には自分も以前行ったことがあり、源氏名を聞けば彼女に接客してもらったこともあるという事実。

筆談でその思い出を伝えると、彼女は大きく目を見開き、わざとらしく笑うスタンプを送ってきた。

軽い驚きとちょっとした縁の深さが、マンガ喫茶という曖昧な空間に奇妙な親近感を芽生えさせた。


 それからしばらくして、ふと思い立って、その風俗店へ行ってみた。

もちろん指名するのは彼女だ。

部屋に通され、顔を合わせた彼女は、本当に来るとは思っていなかったらしく、開口一番「嘘でしょ」とでも言いたげな顔をした。

すぐにふわりと笑い、

「この前みたいな事は店ではできないよ。お店の人に殺される。」

と、ささやくように囁いた。

彼女の口元は冗談めかしていたが、そこにはプロとしての割り切りが見え隠れしていた。

その日、自分は言われるがまま通常のサービスを受けて帰ったが、会話の端々から彼女の仕事への姿勢と、店の中での立ち位置が伝わってきて、少し胸をざわつかせた。


 それ以来、二人は夜な夜なマンガ喫茶で落ち合う関係になった。

彼女が仕事を終えた深夜にこっそり会う。

そんな背徳感に酔う自分と、平然と受け入れているように見える彼女。

だが、その陰には重い事情が隠されていた。

彼女の兄が抱えた多額の借金を、彼女が肩代わりして返済しているという事実。

彼女はそれだけ稼がなければならない。

そして、マンガ喫茶での密会のたびに自分が渡す金は、すべて借金返済に消えていくという。

もっとも彼女は、金の話をするたびに苦い顔はせず、むしろ「貸しは作りたくないから、今のままがいい」と言って、わざわざ刺激的な会い方を選んでいるようにすら見えた。


 自分からお店に遊びにも行った。

「開店からずっとお客さんが来て疲れた。ちょっと休ませて」と彼女は言った。

そして、お金は払ったがプレーはせず添い寝だけして過ごした。

彼女は、半分寝ながら懐いているような表情をしていた。

客以上、恋人未満のような関係が続いた。


 それでも、次第に金額は上がっていった。

最初は三万円だったものが、いつしか五万円になり、気づけば七万、八万と増えていく。

当然ながら自分に金銭的な余裕はない。

しかし、断り切れず、いざ彼女の姿を見ると、なぜか自分も同意してしまう。

どこか後ろめたさを感じながらも、彼女の表情や仕草にはまるで抗えない力があった。

だが、心のどこかで「自分は彼女の兄の借金を肩代わりしているのではないか」と、馬鹿らしさを感じ始めているのも事実だった。


 ある夜、またいつもの誘いがきた。

いつものマンガ喫茶ではなく、普通のホテルに行こうと彼女から提案される。

特にしたいと思っていなかったものの、なんとなく誘いを断る気になれずに会いに行った。

チェックインを済ませ、薄暗い照明の下、彼女はいつもと変わらない笑顔を見せてくれる。

けれど、その日の自分はどこかぼんやりとしていて、いざ静かに触れ合っている最中に、ふと「もういいかな」と思ってしまった。

その感覚は突然で、しかも強烈に心を支配した。

ひと晩を過ごしたあと、朝陽が射す頃には、その思いはさらに深まっていた。


 次の日、SNSのアカウントを開き、彼女の連絡先をすべてブロックした。

何の前触れもなく、淡々と。

やがて、ふと風俗店のランキングを見てみると、いつも一位だったはずの彼女の順位が少しずつ落ちていくのが目に入った。

それからしばらくして、彼女の名は店のページから姿を消した。

自分との連絡が絶たれたことが、彼女にとって大きなショックだったのだろうか。

彼女の兄の借金がどうなったのか、店を辞めたのか続けているのか、すべてが闇の中だ。

最後まで何も確認しないまま、無責任に関係を断ち切ってしまった。


 深夜のマンガ喫茶で、タバコの煙がうっすら漂う中、彼女が静かに横になっていたあの光景を思い出すことがある。

そこには背徳と緊張が同居し、暗闇の中で言葉にならない熱が互いの体を伝っていた。

あの爛れた関係は、決して誇れるものではない。

けれど、そのひりつくような刺激が恋しいと感じる瞬間が、時折、胸の奥をかすめる。

しかし、その欲望に手を伸ばしたいとは、もう思わない。

そう感じるたび、自分の中で彼女の存在は、切なくもはかない幻のように遠のいていくのだ。

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