002
気が付いたらものすごく間隔があいていました。
細々と続けていきます。
その白い鳥は、ずっと旅をしていた。
翼が捉える風は穏やかだ。眼下には森が広がり、澄み渡った川が流れている。
赤く色づいた樹々には、艶の良い木の実が生っていた。様々な虫に、魚や鳥、獣たちの気配が森を生き生きと彩っている。
とても豊かな森だった。その森の中に小さな村がある。人間たちもこの森の豊かさを受けて暮らしているのだろう。
白い鳥はそこで羽を休めることに決めた。ゆっくりと高度を下げ、木造の家屋の屋根に降り立ち、村を見まわす。
どうやら今とまっている家が一番大きい建物のようだ。小さな家々が集まり、軒先には弓や釣り竿、籠などといった道具が置かれている。
村の中央にあるひときわ大きい建物は、床が高く作られ階段がかけられていた。
男たちはそこへ、木の実の詰まった籠を運び入れているようだった。
女たちは鍋で肉を煮ていた。子供たちはその周りを囲み、時折手を出して叱りつけられる。老人たちはそれを眺め、笑いながら諭している。
様々な人間たちが暮らしていた。きっとこの地に長く居るに違いない。
ふと、白い鳥は顔を村の入口へと向けた。女が一人と子供が一人、村へと入ってくる。
その子供の瞳を見つめる。蒼い瞳だった。子供もどうやらこちらへ気づいたようで、視線を向けてきた。
白い鳥は身じろぎもせず、じっとその子供の瞳を見つめている……
「リオ? どうしたの?」
「あ。ううん、何でもないよ」
母さんの声が聞こえて、僕は我に返る。高く上った日に照らされた、白くきれいな鳥に見とれていたが、ずっと見ているわけにもいかない。
村ではどうやら収穫祭の準備が行われているようだった。採集と狩猟でこの村は食べ物を賄っている。
その中で一番大事な季節が今、秋口だった。様々な種類の木の実は保存が効き、冬の間の大事な食料になる。
その恵みを与えてくれた森に感謝を捧げる、というのが収穫祭の名目だ。……大人たちはお酒を飲みたいだけなんだろうけど。
「やあ、シェルビー、リオ。よく来たね」
「あら、ノアさん」
柔らかい声が聞こえ、母さんの声が一段弾む。声の主、ノアさんは軽く手を振りこちらに近づいてきた。
くすんだ金色のぼさぼさ髪を軽く手で撫でつけているが、あまり効果は無いようだった。くすくすと笑う母さんに対して、困ったような笑みを浮かべると、彼はローブの襟を正しながら話し出す。
「そのぅ、ちゃんとしてなくてごめん。昨日届いた本を読んでたんだ」
「夜更かしはよくないわよ、ノアさん。風邪でもひくと大変よ?」
「あー、その、ごめん」
「気を付けてね? それで、そんなに面白い本なの?」
「いやぁ、そうなんだよ! 聞いてよ、ハヴォック老師が書いた、魔力総量を上昇させる鍛錬法についてなんだけど──」
「はいはい、あとでちゃんと聞きますから。まずは薬を納めないと」
ノアさんは若草色の目をキラキラさせながら話し出したが、母さんは慣れた様子で遮った。
彼は魔術の事になるとかなりのめりこむ。このまま聞いていたらきっと夕方まで話し続けるに違いない。
話を遮られたノアさんは少しがっかりしていたが、それでも母さんと話す姿は楽しそうだ。二人の会話に僕も割り込む。
「母さん、取引の間、ノアさんのところにいてもいい? 荷物を運んだ後で」
「ええ? そうね、ノアさんがお邪魔でなければ……」
「もちろん大歓迎さ。リオ、待ってるよ」
柔らかい笑みをこちらに向けるノアさんと目が合い、こちらも笑い返す。
必ず行くと約束をして、僕と母さんはその場を離れた。取引が行われるのは村長の家。さっき白い鳥のとまっていたところだ。
中央の食糧庫の前を横切る途中、大人たちが声をかけてくれた。でも──
「あ、リオ。──今日は取引のある日だったか?」
「リオ君。その、元気にしてる? 少しがっしりしてきたんじゃない?
声に混ざる硬い響きとよそよそしさ、僕の瞳を見ようとしない目のやり方。
それだけで済んでいる彼らはきっと優しい。でも、やはり僕には少しだけ居づらい。こちらも目を合わせようとはせずに、軽い会釈で返していく。
母さんは愛想よく返事をし、笑いあったりしてその場を離れた。村長の家は、小さな丘の上に作られている。
その戸口に立っている女の人を見て、僕は思わず身を固くする。この村の村長、ベイリーさんだ。
少し白髪の混じり始めた砂色の髪をきっちり後ろでまとめて、鋭い目でこちらを一瞥した後、母さんに向き直り話し始めた。
「待っていましたよ、シェルビー。変わりはないかしら」
「ええ、大丈夫です、ベイリーさん。いつもお世話になります」
「取引は家の中で行いましょう。こちらへ」
「はい。リオ、荷物を」
「うん」
僕は頷き、荷物を傍に控えていた若い男の人に渡す。ベイリーさんは鳶色の冷たい目でこちらを眺めていた。
年長者ほど言い伝えをより強く信じている。その表情にはありありと嫌悪感が浮かんでいる。
僕は彼女の眼が苦手だった。ぎこちなく会釈し、その場を逃げるように走り出した。
この村で唯一、しっかりと目を合わせてくれる彼のところへと。