表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カーバンクルは世界を夢見る  作者: 相馬郁琉
第一章 ゴースト&スライム
2/4

001

連続投稿ここまで……!

 「──リオ、起きなさい。朝ごはんよ」

 

 その日の目覚めは、いつもと変わらず穏やかだった。

 優しい声、揺さぶられる感覚。鼻先をくすぐる、鍋の煮えるいい匂い。

 まだ少し眠いけれど、起きなきゃ。そう思ったとたんに、ぐうとお腹が鳴る。笑い声。

 目をこすりながら、僕は体をゆっくりと起こした。

 

 「もう、リオったら。お腹の虫のほうが先に起きるのね」

 「……おはよう、母さん」

 「ほら、早く起きて顔でも洗ってらっしゃい。今日は村まで行くんだから」

 

 母さんは笑いながら、僕から布団をはぎ取った。冷えた空気が肌を刺す。

 僕はぶるりと体を震わせて、毛皮の上着をシャツの上から羽織り、囲炉裏に向かう。

 炉の端に溜まった灰を手のひらに掬い、扉を開けて外に出た。木々の間から覗く空はまだ暗い。

 この家は村から離れた森の中にあるため、往復を考えるとこの時間に起きないといけないのだが、やはり寒い。

 白い息を吐きながら、家の外に積んである薪を拾い、灰を擦り付ける。

 集中。先ほど灰を擦り付けた部分に手をかざしながら呟く。

 

 「──《アッシュファイア》」

 

 瞬間、ぼう、っと薪が燃え上がり、火がともった。あたりが明るくなり、温かくなる。

 魔術はやはり便利だ。触媒と魔力。この二つさえあれば、こうして火を起こせる。  

 即席の松明をかざし、裏手の小川に向かう。流れは緩やかで、覗き込んだ僕の顔を映していた。

 今は亡き父さんによく似たのだという顔と、母さん譲りの栗色の髪。そして深い、青色の瞳。

 いつもと変わらないその瞳の色を見て、僕は軽くため息をつく。


 ──青い瞳は魔を映す。けして目を合わせるな。


 そういう古い言い伝えがある。僕ら親子が二人きりで、こんな村から離れた場所に住んでいるのもそのせいだった。 

 自分の目を見るたびに、母さんと同じ琥珀色の目だったなら、少しは生きやすくなっていたのだろうか? ……そう考える。

 考えても仕方のないことだ。軽く頭を振って余計な考えを振り落とすと、流れる小川に手を差し入れて顔を洗い、まだ少し余っていた灰で歯を磨く。

 洗い終える頃にはさっぱりと目が覚めていた。家に戻ろうとした、その時。

 

 「……うん?」

 

 何か、森の奥にかすかな違和感を感じた。

 そちらの方に目を凝らしても、ただ静かに夜闇が広がっているばかりだ。

 小さな不安を感じる。胸の底がうずくような、肌が粟立つような……。

 

 「──リオ? どうしたの? なにかあった?」

 

 家の中から呼びかける母さんの声にハッとした。気が付けばだいぶ体が冷え込んでいる。

 先ほど感じた違和感も、すでに消えてしまっていた。……気のせいだったのだろうか? 

 

 「リオ―?」

 「大丈夫、なんでもないよ」    

 「そう? 御飯、もうできてるわよー」

 「はあい、すぐ行くよ」

 

 家に戻ると、母さんがシチューを皿によそってくれていた。芋と肉が入っている。

 思わず歓声を上げ、ぐうっと大きくお腹が鳴った。また母さんが笑っている。

 

 「肉だ! いいの?」

 「ええ、今日村で交換して帰ってくる予定だから。ちょっと贅沢しちゃいましょ」

 「やった! いただきまーす」

 

 熱いから気をつけなさい、という母さんの声を聞き流しながら、早速さじに肉を載せ、口の中に放り込む。

 冷たい空気にさらされていた体に、熱が沁みとおっていく。はふはふと、ゆっくり口の中で冷ましながら、柔らかく煮えた肉を味わう。

 火の通った身がほろりとほぐれて、口の中にうま味が広がっていく。美味しい。

 

 「もう、行儀が悪いんだから……。ちゃんと準備はできてるの?」

 「うん、大丈夫」

 「ノアさんの本は?」

 「あー、忘れてた。後で荷物に入れるよ」


 ノアさんは村に住んでいる若い魔術師だ。優しい人で、青い瞳の僕にも良くしてくれている。 

 先ほどの《アッシュファイア》の魔術を教えてくれたのもノアさんだ。その彼から、すっかり本を借りたのを忘れてしまっていた。


 「こーら、本はとっても高いんだからね? ノアさんは優しいけど、それに甘えちゃだめでしょう?」

 「はーい」


 母さんの小言をあしらいつつ、最後の肉をさじですくった。──やっぱり美味しい。名残惜しくて何度も噛みしめる。

 まったくもう、とため息をつきながら母さんもシチューを口に運んでいる。その唇には、薄く紅が差してあった。

 ノアさんと会う日はいつもこうだ。……かなりわかりやすい、と子供の僕でも思う。


 「ごちそうさま。──今日は頑張らないとね? 母さん」

 「そうねー、少し荷物は重いけど、リオもいるから助かるわ」

 「……うん。今日持っていくのは?」

 「ええと、3番と7番、それから11番かしら。収穫祭の時期だから」


 返答に軽くため息をつきながらうなづく僕に、母さんは淀みなく答える。

 母さんは薬師であり、番号は薬草を調合して作られた薬の名前だ。3番は傷薬で、7番は風邪などに効果のある常備薬。11番は 二日酔いに効く薬である。収穫祭で羽目を外したい大人たちには欠かせない薬のようだった。お酒かあ……美味しいんだろうか?

 薬品棚を開けて言われた薬を取り出し、背負子に入れて準備を進めていく。忘れずに借りた本も油紙で包みなおして詰める。

 母さんも食器類を片付け、支度を終わらせたみたいだ。囲炉裏の火を消して戸締りをする。

 

 「それじゃあ、出ましょうか。忘れ物は無い?」

 「大丈夫。心配いらないって」

 

 背負子を背負う。少し重い。その分だけ母さんの力になっているのだと考えると、苦にはならない。

 《アッシュファイア》でランタンに火を入れ、二人で掲げる。まだ暗いが、今から向かえば昼頃には着くだろうか。

 

 「ほんと、便利ねえ、それ。今度母さんも教えてもらおうかな」

 「借りてきた本、面倒だからって全然読まなかったじゃないか」

 「なによー、その言い方は。母さんだって本気出したらすごいんだから」

 「はいはい、分かったって。……まあ、ノアさんなら喜んで教えてくれると思うけど」

 

 そんな軽口をたたきあいながら、僕たちは村へと歩き出した。

 ちょっぴり多く、肉がもらえると嬉しいな。ノアさんから、新しい本も借りれるかな。

 そんなちょっとした楽しみを考える。さあ、一日の始まりだ。

まだ物語の骨格も見えてきていない段階ですが、ご感想など頂けると励みになります…!

なにとぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ