とある教会の話
前回でイシュベル君のお話はおしまいです。
今回はまた別のイ・ンスバル・クオルガンのお話。
次もまた次も、違うイ・ンスバル・クオルガンのお話になると思います。
いつもの日常。上司に挨拶し、デスクにつき、いつもの事務仕事。決して悪い職場じゃないんです。友人もいるし、皆良くしてくれている。しかし私は嫌われている気がしてならない。理由はわからないし考えたくもない。常に皆からの目線が痛い。陰口を言われている気がしてならない。被害妄想かもしれないと言うことはわかっています。それでも毎晩、罵詈雑言が友人や後輩、先輩達の声で響いて。辛くて眠れない日も…少なくはなかったです。
「なるほど。それはお辛かったでしょう。」
「すみません。神父様。こんなどうしようもない話して。」
「どうしようもないなんて、とんでもない。対人関係は非常に難しい問題です。ですがエヴァンスさん。あなたは私に助けを求めることができた。これは本当に素晴らしいことです。あなたのペースで良いので解決に向かっていきましょう。」
「ありがとうございます。」
私は深々と頭をさげ、長椅子から立ち上がった。
「もう宜しいのですか?」
「はい。ただ、誰かに愚痴を聞いてほしかっただけなんです。神父様。本当にありがとうございました。」
申し訳なさそうな顔の私に反し、神父様は優しく微笑んでくれた。
「そうですか。辛くなったらまたいらしてください。門はいつでも開いておりますゆえ。」
神父様は笑顔で送り出してくれた。
教会の門を出ると…なんというか…少しだけスッとした気がした。今まで話せなかったことを出しきることができたら。生きる気力を少し取り戻した気がする。神父様は私の悩みに真摯に向き合ってくれる。いつでもここに逃げるのとができる。そう思うと心から安心できる気がした。社会の重圧に病んだ私を優しく迎え入れてくれた。新しい居場所ができた気がした。さあ、日もかたむいてきたし帰ろう!
あぁしかし悲しきかな。やはり世界は理不尽だ。彼の希望の蝋燭は偶然そこに吹いた風によってかき消されたのである。蝋燭ごと…ね。
声をあげる暇すらなく彼は消えた。
「エヴァンスさん……そんな……」
目の前には彼の仇たる生物が最後の一口を飲み込んでいた。不定形だが確かに生きて、彼を喰らった。間違いない。奴は!
「イ・ンスバル・クオルガン!!」
日暮れの穏やかな雰囲気から一変し、辺りは阿鼻叫喚の嵐となっていた。
「俺の名前を知ってるのか。神父さん」
どこに発声器官があるのか、淀んだ声がクソッタレな泥野郎から響く。
信徒に民の避難誘導を指示し、さりとて目は離さず。間合いを取り合う。
まさに一触即発。先に動いたのは、
ドォォン!!
神父の放った散弾銃であった。獣は間一髪、回避する。が、すぐにバイヨネットが肉を切り裂こうとし空を斬る。
「おいおい。神父さんよぉ。暴力はいけねぇんじゃねぇのか?これには神もぶちギレたもうな」
獣が嘲笑う。
「よくもまあいけしゃあしゃあと。」
銃声が轟き。空振りを続ける刃。
獣は姿を次々と変え、襲ってくる。爪を避け、拳を受け止め、針を受け流す。
お互い、一歩も譲らぬ攻防。
気がつけばここには獣と私以外の知的生命体は消えていた。であれば"使うことができる"。私は心のなかで確信した。
(私の銃は奴を捉えた。)と。
ドォォン。ビチャビチャビチャ。
獣に命中した。散弾は肉を弾き飛ばし、刃は奴に大きな亀裂を作った。獣は泥の体から血を流れる。
獣は戸惑い、神父はポンプを引く。
「は?血?」
獣は外なる神、宇宙生物である。よって奴には血も涙もないはずである。いくら擬態しようとも。
獣にとってあり得ないことが次々おこ
る。血液がないのに血が出る。呼吸をしていないのに息が切れる。まるで地球の生物のように。
「はぁ…はぁ…。クッソ」
「息が切れてるぞ。外来種。」
文字通り、脱兎の如く走る。だが(私の銃は奴を捉えている)
ドォォン。
再び肉片が飛び散り、奴の体積は元の半分以下となっていた。
「知らなそうだから教えてやる。命あるもの銃で撃たれたら血を流し死ぬ。」
獣は崩れ、顔と呼べる部位はもはや無かったが表情はわかった。
「なら最後に聞かせてくれ。どうやった?」
「信じた。心の底からな」
「なるほど。プラセボ効果いやノセボ効果か。狂信者め……俺も…信じちまったじゃね~かよ。」
最後の引き金が引かれた。
死体を片付け、墓を作り、また束の間の平和が訪れる。
「申し訳ありません。エヴァンスさん。そしてさようなら」
狩りを終えると神父は一人祈る。獣に殺された数多くの人を思い。
しかし、銃を置くにはまだ早い。獣は地球にまだ存在する。
神父は一人祈る。獣を殺す己を思い。神父は信徒に嘯く。(信じるものは救われる)と。