忙しい1日の話2
前回の続きです。
いくら騙されやすい僕でも猟犬やイシュベルさんの話を聞いても作り話だと思っただろう。しかし普通ではありえない光景を目の当たりにし、それから解放され全身の力が一気に抜けた。ずっと緊張していたのがほぐれ、忘れていた腹部の痛みが戻ってきた。徐々に強くなる痛みにうずくまっていると
「おい、どした?」とイシュベルさんが歩いてきた。
「腹がいたいのか?ちょっと見せてみろ」
「大丈夫です……」
「いや、いいから…」
抵抗もむなしく乱暴にシャツをめくられた。
(ほとんどセクハラだな)
羞恥心と痛みで死にそうな僕と他人事のように言う先生を横目にイシュベルさんは触診を続ける。
「あー見っけ。すんごいにえてるわ。これは痛いわ」
「にえてるってなんですか?」
「あー和歌山弁で青アザの事だな。ここ見える?へその左側」
軽く押されたのかイタッと声が漏れてしまいさらに恥ずかしくなった。
「なんでアザ?猟犬ならこの怪我は絶対ないし……いつから痛かったの?」
「あんまり記憶にないんですけど……だいたい駅ぐらいから?ですかね」
「駅か……あ!」
(なんだ心当たりありか)
「俺じゃん!」
「はい?」
「駅でお前助ける時、腹から抱えようとして勢い余っていっちゃったか」
(お前にぶん殴られたらそりゃ痛いわ。よくアザで済んだな)
「いやーわりぃわりぃ」
「もういいです!」恥ずかしさを紛らわす様に叫び、イシュベルさんの手をどかした。
(であったばっかで仲いいなw。おまえr)先生の声がブツッと切れた。
「あれ?」何度もスマホを押すが反応しない
「充電切れましたね」
「あーらま………帰ろうか」
「そうですね。…いやどうやって帰るんですか?ここどこかもわからない山ですよね?」焦る僕
「それは大丈夫、こっち来たみたいに抱えて走って帰るから」
「方向わかるんですか?」
「………多分」
「えぇ…」
「まあなんとかなるだろw」のんきなイシュベルさん
「よっと、んじゃいくぞ~」
イシュベルさんにお姫様抱っこの形で抱えられ山を下っていく。とうてい普通の生物にはだせないであろうスピードに感心していると目の前に崖が見えた。が、イシュベルさんは真っ直ぐ走っていく
「イシュベルさん!イシュベルさん!前!前!崖!」
勢いのまま崖から飛び落ちていく。あぁぁぁぁぁ。今度こそ死んだ。そう思ったが器用に家の上に着地、そしてまた跳ぶを繰り返し建物をどんどん走っていった。
アニメのような速さで1時間以上揺られ続けようやくブレーキがかかった。元いた希葉奈駅に着いたようだ。
「俊助~着いたぞ~。」
そういうとイシュベルさんは僕を地面にポイッと投げた。
「うっぷ………オ"エ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"」
長時間上下に揺られたのと地面に落とされた衝撃で三半規管が限界を迎え、思いっきり嘔吐してしまった。
「お~お~大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです。はぁはぁ」
イシュベルさんに背中を擦ってもらっていると効き馴染みのある声が聞こえてきた。
「あーやっぱゲロったか。襲われるし、青アザできるし、セクハラされるし、吐くし今日はついてね~な俊助」
「ラヴクラフト先生……どこにいたんですか?…」
「え~っと。色々あってね。後で色々話すから口ん中洗ってきな。はい水」
「ありがとうございます…」
先生にペットボトルの水をもらい駅のトイレでうがいをすまし戻っていくと先生とイシュベルさんが駅前のカフェのテラス席に座っていた。こっちに気づいたようで手招きしてきた。
「どうだましになったか?」
「まだのど痛いです。」
「いや~悪い。まじなんも考えてなかったわ」
「お前もなんか頼むか?」
「あーなにか甘いもの……ミルクセーキがいいです」
「すいませ~ん。ミルクセーキ一つ」
先生が店のなかに向けて言うと奥からは~いと聞こえてきた。結構早めに出て来て驚いた。
「先生はコーヒー、イシュベルさんのはなんですか?」
「俺のは梅ジュース」
「へー洒落てますね」
「いいだろ。ちょっとのむ?」
「遠慮しときます。ところでなんで猟犬?が襲ってきたんですかね?そもそもあれはなんだったんですか?」
「イシュベル君、説明したまえ」
「え!!俺!まあいいか。んじゃ説明していきます。
[ティンダロスの猟犬とは螺旋状の塔が建ち並ぶ悪夢の具現化のような都市に住まう不死生物で、ティンダロスの猟犬って名前は種類名じゃなくて通称?どっちかって言うと人間に近い生命体なんだよ。みたいな感じんでね、120度以下の鋭角から瞬間移動できる特性を持ってる。あいつらは清浄つまり清らかなものに餓えてて狙ってくるのね。俊助が狙われたのはあの中で一番清らかだったからじゃないかな?]」
「へ~世界には変な動物?がいるんですね」
「あ~でもどうやらあいつは……何て言うか………出来損ない?みたいな奴っぽい」
「出来損ない?どういうことだ?」
「あいつの皮膚に毒性を検知できなかったし、時間を越えるようなこともしてこなかった。」
「出来損ないね」
「そう言えばあの時なんで襲ってくるってわかったんだお前」
「あー。あん時俺はちょうどティンダロスにいたんだ。」
「は?まーじで?」
「まじだよ。ゲームに使う猟犬の毒が欲しくてティンダロスの王に会いに行ってた。んで、なんか俺の匂い嗅いだ奴が瞬間移動しだしてさ、行き先を見たら俊助がいたって訳」
「なるほど……じゃあお前のせいじゃね?」
「あ…俺か」
「え………?じゃあ今回はたまたま先生の匂いを嗅いだ猟犬が襲ってきたってことですか?」
「だな…」
「誰かが仕向けたでもなく?」
「仕向けたってなんか恨みかった事あるの?」
「ないですけど」
「じゃあ本当にたまたまね…とんでもない不運」
「えぇぇぇそんなーー」
「どんまい我が助手」
その後僕たちはジュースを飲み終えてそのまま解散した。辺りは真っ暗であり時間は8時だった。食欲も無かったので今日はそのまま眠ることにした。
「今日はさすがに疲れたな。お腹痛いし……思い返しても生きてるのが信じられない体験をしてしまった。………明日また先生に色々聞こ。」
俊助と別れた後、俺達は高層ビルの上で缶コーヒーを飲みながら談笑していた。
「なあラヴクラフト、結局ゲームとか事件起こすとかなんだったんだ?」
「あーゲームはリアル鬼ごっこでもしようかなって、事件ってのはゲームに何十人かさらってこようかと」
「まじかよ最低だな。」
「人食いに言われたくねーよ」
「ハハハ………なあお前俊助に何も話してないのな」
「当然じゃん。あいつの脳、耐えられんでしょ。慕う先生がこの世の創造主アザトース様でした。なんて」
風が強く吹き付けている。少し肌寒いがそれがコーヒーのうまさを際立たせていた。
「なあ。ふと思ったんだが……あいつお前が異界にいたとか毒を欲しがっていたとか聞いてたよな。」
「だな。」
「なんでそれに突っ込まなかったんだ?さも当たり前かの如く聞き流してた。」
「さ~な。皆目検討もつかん。」
わずかだが、ラヴクラフトの口角が上がった気がした。
「にしてもお前、あいつのことよく見てるな。もしかして惚れたか?」
「いや。俺が愛してるのはこの世で一人さ」
「俺か?」
「なわけあるか気持ち悪い」
「ひどくね?まあいっか。俺も帰るわチャオ♪」
ラヴクラフトは缶を潰し、ビルから飛び降り帰っていった。俺はというと、家がないから今日はここで寝ることにする。高層ビルの屋上で寝るなんて思春期の妄想みたいだ。そんな事を考えつつ眠りに落ちた。