忙しい1日の話
「やばい!遅れるぅぅ」その声と共に目の前をスーツを来た男が全力疾走していく。どうやら会社か何かに遅刻しそうならしい。
「ふむ…遅刻した奴が職場に入って物語が幕をあけるか。いやダメだな、今時、そういうのは流行らんか。」
ため息混じりに愚痴を言う、絶賛スランプで物語の導入すら書けていない状態だ。見かねた弟子が水筒を差し出す。
「ラヴクラフト先生、考えすぎると余計に煮詰まりますよ。お茶どうぞ。」
「公園で愚痴る師匠と慰めてくれる弟子………ああああダメだ何もかもが二番煎じに感じる。はぁ………もういいやめた。別の場所に移動すっかな~。俊助お前も来るか?」
終わらない愚痴に嫌気がさしていたのか、弟子はすぐに反応した。
「行きます。別の場所ってどこにいくんですか?」
「友人の所」
手帳をしまい、水筒を片付けて俺たちは公園をあとにした。
「ハ~イ グッドモ~ニ~ング」
聞きなれた声に目を覚ます。
「今何時だ?」
「午後3時半ってところだな。」
「は~、なんでお前がここいるんだ?つーかなんでここがわかった?」
一人で来たはずが昼寝から覚めるとなぜかラヴクラフトがいた。
「スランプ中でないいネタが何も思い付かん。お前の所に来れば何か思い付くかと思ってな。川のほとりで眠る主人公を起こす友人……物語の導入としてはなんかありきたり感があるんだよな~。」
「進撃の巨人とか第一話はエレンの目覚めからだし、大丈夫じゃね?」
「あれはその前に異常な光景が映ってその後に目覚めだからいけるんだよ。しかも漫画だから絵で色々伝えられる。小説にはできない芸当だわ。そもそも作者が天才だしな。」
「なあさっきも聞いたんだがなんでここがわかったんだラヴクラフト」
「なあ、なんかいいネタないか?」
「知らねぇよ。2、3日休めばなんか降りてくるだろ」
二度もスルーされて呆れた俺は質問するのを諦めた。
「この頃、刺激が足りないと言いますか……なんか事件でもおこらねぇかな。……………………起こすか」
「はぁ!?ちょっとまt」
止めるどころか喋り終わる前に目の前が光に飲まれた。気がつくとラヴクラフトは消えていた。
辺りを見回すが特に変わったようすはなさそうだ。しばらく散策していると(ラヴクラフト先生~)という声が聞こえた。その方向へ向かうと青年がラヴクラフトを探しているようだった。
「なぁあんた」
「僕ですか?」
「そう、あんただ。ラヴクラフトって言ったか?」
「はい!さっきはぐれちゃって探しているんです。ラヴクラフト先生を知っているんですか?」
「あーお前も探してんのか…」
「お前もかって言うことはあなたがラヴクラフト先生の言っていた友人さんですね。一緒にいたんじゃないんですか?会いに行くっていってましたよ?」
「あ~……会いには来たんだが……すぐどっか行っちまってな。」
「いつもの感じですね。どうせなら一緒に探しませんか?」
「……一人で探しててもあれだし…そうだな。」
「佐々木俊助です。よろしく」
「あ~…イシュベル・クオーガだ。よろしくな」
ここにいても仕方がないので、俺たちは街に行くことにした。
街に移動している間、俺は俊助とラヴクラフトの関係を色々聞いていた。ラヴクラフトが弟子を取った事にも驚いたし、結構な頻度で悪口を言い合っている様だがまだ生きている事に衝撃を受けた。俊助の話を聞いている限りラヴクラフトが何かに事件を起こすつもりだったことはおろか、奴の力についても何も知らない様子だった。
「ところでクオーガさん」
「イシュベルでいい」
「じゃあ、イシュベルさん、先生に僕の事聞いてなかったんですか?」
「何も聞いてない。弟子とか初耳だったわ」
「え~~~マジですか?」
「マジ」俊助はかなりショックを受けているようだった。そうこうしているうちに街中に出た。特に変わった様子はないがそれが逆に不気味だった。大通りを進んでいると俊助の携帯電話が鳴った。
(もしもし、俊助?イシュベルと一緒だろ?)
「はい、そうですけどなんでわかったんですか?」
(すまんが変わってくれ、説明は後だ。急ぎの用事でな。)
「わかりました。イシュベルさん先生からです」
「ん。」俺は俊助から電話を受け取った。
「変わったぞ」
(いきなりですまないかなりやばいことになった)
「なにがあったんだよ?」
(猟犬がお前らのいる場所に飛ぶのが見えた。俊助を守れ!)
「…………は?」直後、とてつもない悪臭が辺りに撒き散らされた。鋭角より車ほどの体躯を持つおぞましい姿をした犬のような何かが咆哮と共に顕現したのだ。猟犬は辺りを舐める様に見渡すと俊助を発見。
瞬間、獲物が見つかったとでも言うかのように再び咆哮をあげ、動き出した。俺は急いで俊助に駆け寄り、ほぼ殴り付けるような形でなんとか抱え猟犬の牙をかわすと全力で走った。
「俊助!大丈夫か?…あれ?意識ない……」
一瞬立ち止まり心臓の音を確認するが生きてはいるようなので再度全力で走り始めた。単純な走力で言えばこちらの方が速いようだが猟犬は何度も鋭角からの瞬間移動を繰り返し、追い付いてくる。奴は120度以下の鋭角を通り獲物に襲いかかる上、執念深くいつまでも追跡をやめない。とにかく少しでも時間を稼ぐにはビルの多い街を出るしかなかった。
「………はっ!!」
「お、起きた。グーテン・モルゲン」
「あれ?イシュベルさん?さっきのは夢?」
「夢じゃないよ。現実」
「ええ!じゃあ!」
「追っかけて来てるね。(とっさの判断で逃げたけどやっぱダメだな。殺るか)」
(俊助にあの食いかたは強烈すぎないか?)
「先生!まだ繋がってたんだ」
「おう。切ってないし、言うて1時間ぐらいしかたってないからな。あと勝手に頭ん中読むな」
(だが断る!)
「自分より弱い奴にNO!と言ってどうするんだよ。強い奴に言えよ」
(いないからしゃーない)
「確かに」
「あ!あの!色々頭が追い付かないんですけど、なんかお腹痛いし、なにがどうなってるんですか?あとここどこですか?」
「質問が多いな……」
(仕方ないだろはじめての事なんだし)
「お前、俊助にむちゃくちゃ甘いな」
(いや、だいぶ普通だぞ)
「まあいい、えっとまずここは………さっきの……何駅だっけ?」
(希葉奈駅な)
「それだ。えーそこからざっくり500kmぐらい離れたところの……山?だな」
「走ったんですよね?それで一時間で500km?冗談ですか?」
「マジだよ。500kmでラブクラフトに止められたから止まったけどもっと行ける。」
(設定わかりやすいじゃん)
「こんな時に小説書いてんのかよ。」
(人外主人公いいね)
「やかましい」
「あの!追いかけてきてるんなら逃げた方がいいのでは?」
「この山のそこらじゅうにデコイを仕掛けたからそっちに行ってるから後もうちょっと大丈夫。て言うか何でこの時間の俊助しか狙わないんだ?あいつ時間越えたりするのに……わかる?ラブクラフト」
(知らんな)
「チャージマン研とは…また古いネタを……」
「この時間とかデコイとかどういうことですか?」
「えーっとまずデコイからこの山のいたるところに俊助の細胞から作り出した………人形?をばらまいて囮にしてるの。猟犬はそれを破壊して回ってるわけ。ついでに今全部壊れたからこっちにくる」
「えええええ!ヤバイじゃないですか!速く逃げないと!」
「あー大丈夫だよ。多分もう俊助は眼中にないと思うから。まーでもそこら辺に隠れといて」
「はい?」
「あーそこの岩影とかいいと思う。あーそこそこ。いいね。うーし来るぞーー。俊助…怖いかもしれないけど見とけ、これがお前を襲った奴の最後だ」
その声を皮切りに再びあの悪臭が辺りを包み、猟犬が目の前に顕現した。しかし現れた猟犬に先ほどまでの気高さは無く、呼吸は荒く狂った様に唾液を滴し、しかしながら奴は猟犬。巨体には似合わないほどに素早くその鋭利な牙でイシュベルを狙い牙をむく。
僅か数cm。猟犬の牙は空を噛み、口が閉じると同時にイシュベルは顎にサマーソルトを叩き込む。
猟犬は大きく後退りし、イシュベルを探すがその姿は何処にもなく。背後より巨大な獣が姿を現し猟犬目掛けて襲いかかる。
猟犬は避ける事すら叶わず獣に首を捕まれ、地面に叩きつけられる。
ズドォォォンと轟音が山に響き渡り、土煙も消えぬうちに獣は液状化し、津波の如く猟犬を飲み込む。
微かにベキッ グチャッ と不快な音を立てながら獣だったものは生ける波の様に何度も荒巻、猟犬を噛み砕く。
やがて静かになり獣は収縮し、人の形になり、イシュベルの姿になった。
「ふぅ、ごちそうさん。もういいぞ俊助」
「イシュベルさん…貴方何者なんですか?」
岩影から出てきた俊助が質問し、ラヴクラフトが電話越しに語る。
(奴の本当の名前はイ・ンスバル・クオルガン。外宇宙より飛来した外なる神と呼ばれる生命体だ。)