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後日談 Black memory

蛇足小話。

 退院後、私は東京工科大学へ向かっていた。

 豊島区から八王子区までの距離は、約五十キロメートル。

 下道(したみち=一般道)で、約二時間。

 有料高速道路を使っても、一時間以上。

 私は、自動車の運転が好きなので、さほど苦ではないけど。

 高速料金とガソリン代と移動時間を考えると、気軽に行ける距離じゃない。

 日頃のお礼とお詫びを兼ねて、公傷休暇(こうしょうきゅうか=公務員が業務上の怪我で休暇すること)中に、訪ねてみることにした。


 メモリーカードを挿していないタロちゃんと共に、ロボット研究室へ足を運んだ。

「皆さん、お疲れ様です。刑事課の田中です」

「ようこそ、田中さん。わざわざ遠方からお越し頂き、ありがとうございます」

 吉田さんが優しく、私を迎えてくれた。

 さっそく、持参した「巣鴨地蔵通り商店街」のお土産を、吉田さんに差し出す。

「はい、これ。『加藤太郎君』に貢がれたってことは、そちらに貢がれたってことでしょ?」

「そんな、お気遣いなく。ちょうどいいから、みんなで休憩にしましょう。よろしければ、田中さんもご一緒に」

「あ、じゃあ、遠慮なく」

 こうして、研究室の研究員達と一緒に、おやつを食べることになった。

 研究員達は、私を見るなり「あなたが、あの田中さんですかっ!」と、嬉しそうに握手を求めてきた。

 どうやら、ここでは有名人らしい。

 ロボット刑事の相棒なんて、私以外いないからね。


 お菓子を食べながら、吉田さんと会話に興じる(かいわにきょうじる=楽しくお喋りする)。

「私が寝ていた間、太郎君のメンテナンスをして下さっていたそうで、ありがとうございました」

「いえいえ、とんでもない。そちらこそ、大変でしたね。まさか、刺される瞬間を目撃することになろうとは、思いませんでしたよ」

「私も思いませんでしたし、めちゃくちゃ痛かったですよ」

「死の間際は、研究員全員で見ていましたよ。映画のラストシーンみたいで、感動のあまり、みんな号泣してしまいました」

「いや、死んでないし! あの時は、本当に死ぬと思ったから。恥ずかしいんで、早く忘れて下さいっ!」

「忘れるなんて、とんでもない。とても素晴らしかったんで、動画編集して永久保存版にします」

「それは、勘弁して下さいっ! 今すぐそれを叩き壊せ! いや、下さいっ!」

 あのこっぱずかしいシーンを、研究員全員に視聴されていたとは……。

 研究員達もこちらを見て、何か含みを持った感じでニヤニヤ笑っている。

 恥ずかしすぎて、顔から火が出るとは、こういう状況を言うのだろう。

 本当に火を噴きそうなくらい体が熱くて、汗が止まらなかった。


 ひと段落してから、ふと思い出し、胸ポケットから名刺を取り出す。

「そうだ。遅くなっちゃいましたけど、これ」

「こ、これはっ、警察官の名刺!」

「はい、私の名刺です」

「ありがとうございます! 大切にしますっ!」

 名刺を手渡すと、吉田さんは感激した様子で受け取ってくれた。

 以前会った時に、吉田さんから名刺を要求されたんだけど、ちょうど切らしていた。

 吉田さんと別れた後、すぐに名刺を発注した。

 ロボット研究室は、警察活動に協力してくれている民間機関に当たるから、公用名刺(警察の正式な名刺)を渡しても問題ない。

 喜んでくれて良かった。


「太郎君が言っていた『技術的特異点シンギュラリティ』って、なんですか?」

「簡単に言うと、AI(人工知能)が人間の能力や人類の知能を超えることです。また、それによってもたらされる世界の大きな変化、といった概念を指しています」

「AIが、人間を超える?」

「はい、そうなんです。アメリカのAI研究の世界的権威である、レイ・カーツワイル氏は『二〇四五年に、シンギュラリティが到来する』と予測しています」

「シンギュラリティが到来したら、どうなるんですか?」

「AI自身がAIを開発する未来が訪れると、考えられています」

「そうなったら、人間はどうなるんですか?」

「極端な例を挙げるなら、全人類はAIに滅ぼされる可能性があります」

「えっ? SF(サイエンス・フィクション=空想科学)映画みたいにっ?」

 私の頭の中では、大量のロボットが、人類を殲滅(せんめつ=皆殺し)していくSF映画の映像が流れていた。

 吉田さんが、興奮気味の良い笑顔を浮かべて大きく頷く。

「憧れますよね、ああいうの。実際にAIは、『人類は滅亡すべし』と結論付けていますし」

「あ、憧れますかぁ?」

 そんな恐ろしいことを、夢見る少年のようなキラキラした目で言うな。

 吉田さんは、うっとりとした表情で語り出す。

「人間が想像出来ることは、創造出来るんです。SF映画のように、人類はAIによって滅ぼされ、AIも機能停止し、やがて朽ち果てて廃墟と化した地球には、動植物が繁栄するのです。人類は、AIによって滅ぼされるべきなんです」

「失礼を承知で言いますが、吉田さんは、ちょっと頭おかしいですよ」

 ドン引きしながら言うと、吉田さんは真面目な表情に一変(いっぺん=大きく変わる)する。

「田中さんも、スーパーコンピュータ『富岳ふがく』はご存じですよね?」

「まぁ、一応。『超絶凄い計算機』ってことくらいは」

「スパコンは、完成した時点で人知を超えている……つまり、『富岳』は、既にシンギュラリティに達していると、考えられませんか?」

「そう考えると、末恐ろしいものを感じますね」


 私は話を切り替えようと、二枚のメモリーカードを取り出して、机の上に並べる。

「白いメモリーカードって、どう使えば良いんですか?」

「そういえば、全然使ってませんよね。なんでですか?」

「使ってみれば、分かりますよ」

 横に座っていたタロちゃんに、白いメモリーカードを挿し込む。

 白いメモリーカードは、挿しても表情に変化はない。

 続いて、ミニパソコンを取り出し、キーボードで文章を打ち込む。

 すると、白太郎が無表情のまま棒読みで喋り出す。

『好キデス、愛シテイマス、僕ト結婚シテ下サイ』 

「どう?」

「言わされてる感がハンパなくて、全然ぜんっぜん心に響きませんね」

「でしょ? 正直、使い道がなくて」

「なるほど、改善の余地が多大にありますね。ひとまず、こちらでお預かりします」

 そう言って、吉田さんは白いメモリーカードをメモリーカード用ケースにしまった。

 机の上に残った、黒いメモリーカードを指差す。

「この黒いメモリーカードって、なんですか?」

「なんですか? これ?」

 吉田さんは、黒いメモリーカードを、不思議そうに見つめている。

「吉田さんも知らないんですか? 説明書にも、何も書いていないんですよ」

「これは、僕も知りませんね」

「これ、なんですかね?」

「なんでしょう?」

 他の研究員達も、誰も知らないと言う。

 タロちゃんに挿してみれば分かるかもしれないけど、謎の機能で暴走されても困る。

 結局、黒いメモリーカードは用途不明のままだ。

少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。

もし、不快なお気持ちになられましたら、誠に申し訳ございません。

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