あの日
「それじゃいくわよ奏多。」
喪服に着替えた母が車の鍵を持ち二階から降りてきた。
「うんわかった。」
その言葉を聞き俺は楽器を持ち玄関へと向かった。
「法事が終わったら、すぐそこの公民館で練習してくるわ。予約もしたし。」
「わかったわ。終わったら電話してね。」
母の言葉にうんと軽く返事をし、靴を履き外へと出た。
去年もこんな感じの天気だったかな。
今でもあのときの光景が目に浮かぶ。
午後三時。部活を終えた美奈と俺は帰路につき、交差点で別れるところだった。
「じゃあまた明日!あ、帰ったらちょっと電話かけるね。」
そう言って彼女はこっちに手を振りながら横断歩道を走って渡り始めた。
走るたびにぴょこぴょこと上下に揺れるポニーテール。俺はそんな後ろ姿を眺めるのが好きだった。
俺は彼女が横断歩道を渡りきる前に自分の岐路へと進路を変えた。
そのときだった。
ドンッ――――――
何かが何かに衝突したような鈍い音がした。
一瞬で頭の中が真っ白になる。
俺は反射的に振り返り先ほどの横断歩道を見た。
そこにはフロントに血のついたトラックとその運転手と思われる男性、そして通行人とみられる人。しかし、そこに美奈の姿はなかった。
ほっとした。
しかし、この現場では不可解な現象が起きていた。
被害者と思われる人がいない。
トラック運転手曰く、轢いてしまった人が消えたという。
周りを見渡してみてもそのような人の姿はない。
しかしトラックのフロントに血はべっとりとついている。
警察が現場に到着し運転手や通行人、そして俺に聴取をし始めた。
すっかり日も落ち、オレンジ色の日光が俺の横顔を照らす。
俺は警察にすべてを話し解放され家に帰ろうとしたそのとき、横断歩道に紐切れのようなものが落ちているのを見つけた。
その紐切れのようなものは俺になじみ深いものであった。
美奈が腕につけていたミサンガだ。
俺の心拍数は急速に上がり始めた。
まさかまさかまさかまさか。
予期していた不安が現実のものとなろうとしている。
手にも腕にも力が入らない。
胃が握りつぶされたように痛む。
気がつくと俺の頬には大粒の涙が流れていた。
ミサンガがおちていただけでまだ美奈が死んだなんて決まったわけじゃない。
そうわかっているはずなのに流れる涙を止めることはできなかった。
俺はそのミサンガを警察に渡し、逃げるように家へと帰った。
その次の日から美奈と会うことはなく、ついに美奈は死んだと判断された。
あの日から一年たった今日は美奈の一周忌だ。
彼女の骨壺の中は何も入っていない。
俺は今でも少しの希望を抱きながら生きている。どこかでまた彼女と会えるのではないかと思いながら。