7.爺さんがアニソンにはまった
「そんなにアニソンが好きなら本物を見せてやるよ。汚くて狭い部屋だけど」
「お主の家を案内してくれるのか。それは楽しみじゃな」
長生きしている七龍でもアパートには興味津々だ。
俺たちのパーティでは一番背の高い七龍だったが、玄関で頭をぶつけるような無様は晒さなかった。
棒術の達人らしく身ごなしが達者だ。
「玄関で靴は脱いで泥や砂は払ってくれ。いや、いっそ風呂に入っちまうか」
「ほう、風呂があるのか。しかし、今から湯を沸かすのは大変じゃろ」
「すぐだよ、すぐ」
俺もいつまでもみっともない顔なのは恥ずかしい。
「では馳走になろう」
七龍が道士服を脱ぐと、老人とは思えない鍛えられた体をしている。
強靭な赤いウロコが全身を覆っていた。
浴槽にお湯を入れながら狭い浴室に二人で入る。
「これは魔道具か? 湯を幾らでも出してくれるとは凄いのぅ」
蛇口を観察しながら七龍はお湯を触っていた。
「俺にも理屈はわからないな」
異世界にアパートが転移したのにどうして水道や電気が使えるかは謎のままだ。
「七龍には世話になったから、頭や背中を洗ってやるよ」
シャワーからお湯を降らせると、七龍は爬虫類のような金色の目を気持ち良さそうに細めた。
十分に濡れたところでシャンプーを泡立てて立派な赤いたてがみを洗ってやった。
「これは石鹸の一種か? それにしては泡立ちが段違いじゃな。香りも花のように芳しい」
「安物だけどね」
「王族でもこのような品物は使っておらんぞ」
いつもは落ち着いた物腰の七龍がいちいち驚くので面白い。
泣かされたお返しだ。
せいぜい驚いてもらおう。
「背中には尻尾も含まれるのかな。俺が洗ってもいいのか?」
「構わぬよ」
東方の龍のように細長い尻尾まで念入りに洗っているうちに浴槽にもお湯が溜まっていた。
「くぅう、久しぶりの湯じゃのぅ。湯が体に染み入るようじゃ。王国には風呂の習慣がないのが困るわ」
「そうそうお偉いさんでも香水で誤魔化していて臭いんだよ」
東方の島国では温泉があるようだ。
それに大陸と違って瘴気の影響が少ないので、植物が豊富で入浴の習慣があるらしい。
王国での入浴は贅沢の極みだった。
タオルで体を拭いて湯上りでホカホカしていると、
「ちょうどいい。お主から預かっておいた荷物を返すぞ」
七龍が道術を使って異空間から袋を取り出した。
その中には白い廻しや王国金貨といった俺の私物が入っている。
混沌の怪物との決戦で邪魔になる荷物は全て七龍に預けておいたのだ。
「助かった」
汗が染みつき泥で汚れた廻しを見て喜ばしくなった俺は苦笑した。
「やっぱりお主はその恰好が様になるのぅ」
「俺としてはもう二度と締めたくなかったんだけど」
ちゃんとした厚い生地で作られた廻しを股間に締めると、筋肉が増量して力士に相応しい体つきになった。
金剛布でなくてもこの体なら生半可な刃物では傷つかない。
寒さ、暑さも感じない。
金剛力が体を守っているのだ。
俺は剣を持っている騎士が近くにいるだけで怖いのでこれでやっと安心できた。
騎士たちはこの近くで野営をしてから、七龍の書いた報告書を城に持ち帰るのだという。
「部屋が暗いのぅ。昼間はカーテンを開けないと気が滅入るぞ」
「わかった、わかった」
俺の部屋に入った七龍はカーテンを開いた。
日本と違って周りに家があるわけでもないから構わないか。
アパートの後ろは荒れ地となった丘が見えるだけだ。
「騎士は全員帰るのか?」
七龍に湯呑に入れたお茶を差し出す。
緑茶は東方では飲まれているらしい。
「ふぅ、ほっとするのぅ。おそらく監視の為に一人か二人は残すじゃろう」
「ここは俺の土地と建物だ。王国のことなど知ったことじゃない」
俺は剣呑な目をした。
平穏な生活を邪魔するなら俺にも考えがある。
「そうじゃな。この建物と周辺の土地は遊戯の神がお主に与えたものじゃろう。だが、王国にも立場や面目がある。揉めたくはないんじゃろ」
「俺も力で説得したいわけじゃない」
なるべく波風立てずに静かに暮らしたいだけだ。
「そこで監視という名目でワシに部屋を貸してもらえんかのぅ。もちろん宿代は払おう」
「ここはアパートだから賃料ってんだよ。ったく、七龍には故郷があるだろうに。凱旋すれば喜ばれるだろ」
本当にお節介な爺さんだ。
そりゃ気心が知れた七龍が住んでくれれば心強い。
海千山千の智謀の持ち主だ。
力では解決できないことでも、七龍がいれば大抵のことは何とかなるだろう。
でも、長老である彼を俺の都合で拘束するのは申し訳なかった。
「そんな顔をするな。ワシがお主と一緒にいたいだけじゃよ。お主の雄姿に惚れてしまったかもしれんのぅ」
「気色悪いことを言うな」
爺さんに言われても嬉しくない台詞だった。
嬉しくはないが信頼の表れかと思うと悪い気分ではない。
「それに本物の歌とやらを聞かせてくれるんじゃろ。ワシはそれが楽しみでしょうがない」
「わかった。すぐに準備するよ」
古ぼけたパソコンを引っ張り出して電源に接続する。
ちょっと心配したがインターネットに繋がった。
ただ検索しようとしても文字が打てない。
「駄目か?」
テレビという手はあるが、いつでも音楽番組がやっているわけではない。
一瞬焦ったが、ブックマークは機能していた。
動画サイトであるシーチューブに無事に繋がる。
ドキドキしながら動画を選ぶと、データを読み込み始めた。
どうやら見るだけならインターネットも活用できるらしい。
「俺が好きなアニソンシンガーだよ」
「これは中で人が動いておる? いやいやそんなことはあるまい」
コンサートの様子を映した動画だ。
音が鳴るまでは物珍しそうな顔をしていた七龍だが、女性歌手が歌い始めると画面に目が釘付けになった。
真顔になったまま石像のように動かない。
息すらしてなかった。
そのままリズミカルで弾んだ歌声が流れていく。
「ど、どう?」
動画が終わっても七龍は固まったままだ。
俺が困惑していると、
「これは文化じゃあああぁぁ! 人々に伝えるべき文明じゃあああぁ! ワシは長いこと生きてきたがこんな素晴らしい歌は聞いたことがない!」
「お、おぅ」
感極まった声で吠える七龍。
いつもは冷静な七龍が目に涙まで浮かべていた。
俺としてはアニソンで爺さんにそこまで感動されると表情の選択に困る。
「で、でも、七龍は日本語なんてわからないだろ」
「うむ、わからんが良いものは良い。ワシの魂が震えるのじゃよ」
感動するとは思ったがあまりにオーバーなのでどうしたらいいのかわからなくなる。
「ま、まだ聞く? 同じ歌手の別の曲もあるけど」
「なんと! 神の歌がまだあるじゃと……」
アニソンばかり歌っている女性歌手の曲をまとめた動画を選ぶ。
七龍は正座をすると神妙な面持ちで歌に耳を傾けていた。
その間、俺は他の部屋にあった漫画を読んで邪魔にならないよう大人しく過ごした。
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