53.人々に笑顔を
混沌の魔獣を討伐してニアの町に戻った俺たちは、二手に分かれることにした。
柘榴とラピィはレオ君を教会に送ってから演奏会の準備だ。
この世界にはマイクやスピーカーなんてものはない。
その代わりに柘榴が音を拡大する術式を礼拝堂に設置することにした。
ラピィは柘榴が持ってきた木材で礼拝堂や孤児院の修理だ。
礼拝堂を借りて演奏会を行うのだから、感謝の気持ちを込めてそれくらいはしてもいいだろう。
俺は冒険者ギルドに混沌の魔獣を倒した報告だ。
もっとも、ロココは俺の背中で寝ていた。
混沌の魔獣を倒したことで緊張の糸が切れたのだろう。
「七龍なら報告は任せられたのに。面倒だな」
理由もわからずに問題が解決しても困惑するに決まっている。
身分を証明しやすい俺が報告すれば、冒険者ギルドも納得するだろう。
冒険者ギルドを訪れて、受付嬢に話しかけるまで五分かかった。
頭の中で必死に言葉を組み立てる。
柘榴やロココで多少は女性に慣れたと思ったが、まるでダメだった。
相手が美人だと余計に緊張してしまう。
「ちょ、ちょっといいか。俺たちでアマレロ山は浄化してきたからもう心配はいらない」
受付嬢に世間話でもするように話しかけたが声が上擦ってしまった。
今回は国やギルドの依頼で混沌の魔獣を倒したわけではない。
報酬を求める気はなかった。
それに混沌の眷属は倒すと消滅するので、討伐したことを証明するのは難しいのだ。
「待ってください。それだけ言って帰られても困ります。詳細を教えてください」
さっさと立ち去りたかったが、受付嬢に呼び止められてしまった。
結局はギルドマスターに呼ばれて、別室で混沌の魔獣を倒した経緯を話す羽目になった。
ギルドマスターは五十過ぎだが、鍛えられた体をした男だった。
元は冒険者らしい。
「この町を救ってくださってありがとうございます。さすがは勇者様ですね」
「俺は子供を助けに行っただけだ。でも、感謝するというなら、仲間が教会で演奏会をするから顔を出してくれよ」
歌で人を励ましたいというのが柘榴の望みだった。
それを思い出して、ギルドマスターを誘ってみたのだ。
大勢の前に出るのは苦手だが、数人増えるくらいなら構わないだろう。
翌日の演奏会では、俺は桃太郎のようなサムライの格好をした。
晴れの舞台ということで小袖や袴もロココが用意してくれたのだ。
金剛力が発揮されないことを心配したが、日本の民族衣装であれば五割の力なら出せそうだ。
演奏会とはいうが、最初に行ったのは紙芝居からだ。
紙芝居の前に子供たちに水飴を配ろうとすると、ずらっと長蛇の列ができていた。
「やけに人が多くないか」
教会の近所に住む人たちも集まっているのだろうが、それにしても数が多い。
祭り以外の催し物は少ないので、みんな娯楽に飢えているようだ。
見た目から堅気ではなさそうな連中も混じっていた。
確かにギルドマスターは誘ったが、冒険者連中もたくさんいるようだ。
荒くれ者がやけに大人しく並んでいると思ったが、ギルドマスターが率先して列の整理を行っていた。
「見たことがあるような顔だな」
「ありがとうございまっす!」
冒険者に水飴を渡すと、深々と頭を下げる奴が多い。
ちょんまげがないと特徴がなくて顔がわからないが、俺と腕相撲をした連中も多いようだ。
「みんな、水飴の美味しい食べ方は私を真似してね」
礼拝堂に用意した舞台で、ロココが木の棒で水飴をかき混ぜて見せた。
水飴を受け取った誰もがそれを真似して、一心不乱に水飴をかき混ぜていた。
子供がするなら微笑ましい光景だが、いかつい顔をした冒険者まで夢中になって水飴をこねている。
水飴を配りながら思わず失笑しそうになった。
「どうにか全員に配ることができたかな」
大量に用意したつもりだったが、水飴の容器は空っぽになってしまった。
子供も大人も水飴を舐めて幸せそうな顔をしていた。
「空ですか……」
水飴にありつけなかったギルドマスターだけが肩を落としていた。
あまりにがっかりしていたので、さすがに俺も同情してしまう。
「これはとっておきだぞ」
試作品として作ったりんご飴をギルドマスターに渡した。
元気の樹に実った果実を樹液で作った飴でコーティングしたのだから相性は抜群だ。
「あまあぁぁぁい!」
一口舐めただけでギルドマスターは子供のような笑顔を浮かべた。
何かに取り憑かれたかのように夢中になってりんご飴を舐めている。
眩しいほどの笑顔がちょっと怖い。俺はそそくさとその場を立ち去った。
「それでは紙芝居を始めます。語り部はロココ、絵はラピィです」
観客が長椅子に座ったところで、ロココは桃太郎の紙芝居を披露した。
紙芝居を作ったのはロココかと思ったが、絵を描いたのはラピィだった。
物語を知っている俺でもつい見てしまうような臨場感あふれる絵だった。
ロココの語り口が上手いのもあるだろう。
熟練の戦士だけあって言葉の迫力が違う。
特に桃太郎が鬼と戦う場面では気合が入っていた。
観客は息を殺して紙芝居に見入っていた。
「続いて、桃太郎を歌いますね」
紙芝居が終わるとロココは童謡を歌った。
リコーダーを吹くのは俺だ。
柘榴がギターでラピィはいつも通りの平太鼓だった。
物語性があってわかりやすい童謡を聞いて、子供たちは喜んでいる。
ロココの陽気な歌声が漏れて礼拝堂の外にも聞こえるのだろう。
聞いたことのない歌に興味を持ったようで、どんどん礼拝堂に人が増え始めた。
場の空気が温まってきたところで、柘榴はロココと場所を交代して舞台の一番前に立った。
今まではお遊戯会みたいな感じだったが、ここからが本番だ。
「まさかこんなに人が集まるとは思わなかった」
柘榴からギターを受け取って、リコーダーをロココに返す。
ギターを受け取った手が震えていた。
子供だけならともかく大勢の人前で演奏するとなると緊張してしまう。
礼拝堂の長椅子には座り切れずに立っている人も多かった。
「別に完璧を目指す必要はない。失敗したところで誰も聞いたことのない曲なのだから気づかぬよ」
「お兄ちゃん、気楽にやって楽しもう」
「ミスしたからって命を取られるわけじゃないしさ。今までの戦いと比べたら楽勝じゃん」
「そうだな、その通りだ」
確かに混沌の怪物と戦ったことを思えば、命の危険なんてものはないのだ。
今まで繰り返してきた練習の通りにギターを弾けばいい。
「今日は妾たちの初コンサートに訪れてくれてありがとう! 心を込めて歌うのじゃ!」
「よし、行くぞ」
最初にギターの前奏から始まった。
いい出だしだ。
音を鳴らし始めると、指が思った通りに動く。
そして、柘榴のアニソンが始まった。
何度も聞いている俺でさえ感動で痺れるのだから、観客が魅了されないはずがない。
一気に場が盛り上がった。
勢いのある熱い歌詞に誰もが生活の不安を忘れて熱狂していた。
「わあああぁぁああ!」
一曲が終わるたびに雷鳴のような声援が鳴り響く。
礼拝堂に入ろうと観客が扉に詰めかけていた。
どこから集まるのだという勢いで礼拝堂は人で埋め尽くされた。
礼拝堂に入れない人たちで教会の敷地もいっぱいのようだ。
「みな、燃えておるか!」
「うおおおぉおおお!」
柘榴はもうノリノリだった。
歌いながら動画で覚えた振り付けまで演じている。
柘榴が華麗に舞い踊ると、見事な双子山が大きく揺れた。
チャイナ服の裾から艶かしい太ももが露わになっている。
男なら生唾ものだろう。
魅力的な歌と優雅な容姿が相まって、観客は柘榴から目を離せない。
俺も観客の熱気に当てられて、時が経つのを忘れてギターを演奏していた。
仲間と観客との一体感が楽しい。心の底から楽しいと思える時間だった。
「これで終わりか。はぁ、疲れた」
予定していた曲が全て終わると足から力が抜けそうになった。
歌が終わっても観客の熱狂はとどまるところを知らない。
達成感に浸っていると、柘榴は悪戯な表情で笑いながら俺からギターを取り上げた。
「ラストはお主に聞いて欲しいのじゃ。妾たちが太郎を想って作ったオリジナルソングじゃよ」
「ははっ、そんなものをいつ作ったんだよ」
「アニキが寝てからだよ」
そういえばこのところ柘榴の子守歌で早寝をすることが多かった。
俺が夜更かしをしないようにする為かと思ったが、内緒でオリジナルソングを作っていたらしい。
「最後は世界を救った勇者を題材にした「勇者の旅立ち」です!」
「うおおぉおおぉ!」
ロココが宣言すると観客のテンションは最高潮に達した。
誰もが立ち上がって拳を振り上げていた。
ブサメンでいつも半裸の勇者なんて格好悪いと思うのだが、観客は目を輝かせていた。
ギターの前奏が始まると、少しずつ観客が静かになる。
柘榴が躍動感のある美しい声で歌い出した。
俺が召喚されてロココと一緒に混沌の魔獣を退けるところまで歌となって語られていく。
情けなくてみっともなくて、それでも逃げ出さずに戦った勇者の物語だ。
ヒーローとしては泥臭くてダサいと思うのに、柘榴の歌が上手いせいか観客はみんな魅了されていた。
「勇者太郎! 勇者太郎!」
歌が終わると、怒涛の勇者コールだ。
俺の名前を連呼されると、恥ずかしくて隠れたくなる。
見た目が悪くて無骨な戦い方しかできない勇者にここまで人気があるなんて意外だ。
「この世界には物好きな連中が多いんだな」
俺は肩を竦めたが、心は晴れ晴れとしていた。
「みんな、喜んでくれたね。私も楽しかった」
「オイラたちはこの日の為に頑張ってきたからね。当然の結果さ」
「人々の元気になった姿が一番の報酬じゃな」
いつも暗い顔をしていた人々には笑顔が戻っていた。
熱気が少しずつ落ち着くと、観客が一人また一人と去っていく。
「大成功だったね」
「お、おう。そうだな」
礼拝堂に人がいなくなると、演奏会の成功を喜んでロココが俺の首に抱きついた。
全力で演奏を行ったので、服は汗でびしょびしょだ。
ロココはまだ興奮が残っているようで、頬が上気して目が蕩けていた。
若い少女の初々しい色気にドキッとする。
俺がロココの表情に目を奪われた瞬間、唇に柔らかいものが通り過ぎていった。
「エヘヘ、もーらっちゃった」
軽く触れただけだが今のはキスだろう。
そう思うと心臓がドキドキして眩暈がしていた。
「ロココだけズルい」
俺が呆けていると、ラピィまで酔ったような目で接吻してきた。
反応が遅れてかわし損なう。
何が悲しくて男なんかと思ったが、思ったより唇の感触は柔らかかった。
それで毒気を抜かれてしまった。
「ほれ、妾と口直しじゃ」
「うぐ」
柘榴は俺の背中に手を回して隙間なく抱きしめた。
汗に濡れた体から女の蠱惑的な匂いが立ち昇っている。
柔らかい感触が唇を覆った。
柘榴はうっとりとした表情で目を潤ませている。
男に恋する女の顔をしていた。
情熱的な大人のキスだった。
口の中が甘く痺れて、胸が幸福感で満たされていた。
羽があったら飛んでしまいそうだ。
「はふぅう、疲れが一気に吹き飛ぶようじゃわい。次の演奏会が終わったらまたしてくれぬかのぅ」
「……たまにだったらな」
少し腰を屈めた柘榴に上目でお願いされると、あまりの可愛らしさに断れなくなってしまう。
演奏会は楽しかったが、全力を出して疲れ切った。
しばらくはダラダラしたいのに、キスの為に働くのも悪くないと思わされてしまった。
ズルくて可愛い女だ。
新鮮な空気を吸おうと外に出てみると、地平線の彼方に沈もうとする大きな夕日が見えた。
「ふぅ、空気がやけに美味い。気持ちいいな」
思いっきり息を吸うと清々しい空気で肺が洗われるようだった。
町を覆っていた黒雲はすっかり消え去っていた。
ニアの町では数日の間は天気のいい日が続いた。
それに歌を近くで聞いたシスターの黒禍病もすっかり治っていた。
瘴気の影響で病気がちだった人も同じように健康を取り戻したらしい。
アニソンは浄化の力も秘めていたようだ。
ニアの町では柘榴を真似て歌う人が続出したが、一般の人がアニソンを歌っても周りの空気を綺麗にするくらいの効果はあった。
それからは俺の気が向けば小旅行のつもりで各地に赴いて、アニソンのコンサートを行った。
勢いがあって熱くなれる歌が好まれたということもあるが、浄化作用も知られたことでアニソンは爆発的に流行していくことになる。
世界は少しずつ平穏を取り戻していくのだった。
最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました!
初めて「小説家になろう」に掲載して、色々と勉強になりました。
またアイデアが思い浮かんだから、小説をアップしたいですね。




