5.震源地を調べると怪しい建物があった
混沌の怪物が倒されたという一報が駆け巡り喜びに沸く王国民に突如として縦揺れが襲った。
地震なんて滅多に起こらない王国では、また新たな災厄の前触れではないかと戦慄していた。
そこで震源地を調べようと騎士で編成された調査団が派遣されることになった。
その中には龍人族の長老、七龍の姿もあった。
「赤龍大公様、調査団に協力してくださるとは恐縮です」
小隊長は緊張した面持ちで頭を下げた。
太郎は気楽に接していたが、七龍は東方の島国では赤龍大公という称号を持つ長老だ。
軽々しく扱えるような人物ではない。
「堅苦しいのぅ」
七龍はちょっと苦笑した。
「気になることがあって同行させてもらうだけじゃ。気楽にしてもらって構わぬよ」
「いえ、怪物退治の英雄であるあなた様に対してそんな畏れ多いことはできません」
好々爺といった感じだが、七龍は体格のいい小隊長よりも頭一つ分は背が高い。
それに威圧的な東方の龍の顔をしていることもあって、小隊長はとても気楽に接することなどできなかった。
英雄に同行してもらうのは光栄だが、小隊長の腹はジクジクと痛んでいた。
早馬を二日走らせた辺りで天から光の柱が立っているのが見えた。
いや、空が瘴気の雲で覆われているのに、あそこだけ円を描いたように太陽の光が降り注いでいるのだ。
大本である混沌の怪物は倒れたが、怪物や眷属の吐いた毒の息は瘴気となって大陸全土を覆ったままだ。
瘴気の風は人の健康を阻害し、瘴気の雨は作物を枯らす。
それに混沌の怪物が生み出した眷属や瘴気の影響で魔物と化した生物はまだ生き残っていて人々の脅威になっている。
決して平和になったとは言えない。
「大神官の浄化の術でもあそこまで広範囲に瘴気を清めるのは難しいはずじゃが」
「ええ、今でも王都に流れてくる瘴気を薄めるだけで、神官たちはくたくたになっていると聞きます」
あの神秘的な光景を見る限りでは、震源地にいるのは悪いものではないように七龍には思えた。
それから馬を走らせてさらに一日。
「紛うことなく太陽じゃわい。それにこうして日の光を浴びると気分が良くなるのぅ」
「それに空気が澄んでいて息をするのが楽です」
太陽の光が差しこむ領域に入ると、空気の質が明らかに変わった。
瘴気に汚染された土壌はヘドロのようにぬかるんで悪臭を放つが、ここの土はパラパラと乾いている。
任務の最中ではあったが、騎士たちは久しぶりに拝む太陽に表情を緩めていた。
「ふむ、あそこに家らしきものが見える」
「行ってみましょう」
七龍が金色の瞳を細めて遠くを見る。
荒野のど真ん中に不釣り合いな建物があった。
近づいてみると各国の文化に詳しい七龍が知るどの建物とも似つかない。
「扉がたくさんありますね。人を惑わそうとする魔女の館でしょうか」
馬から降りた騎士たちは警戒心を露わにしていつでも剣を抜けるよう身構えていた。
その中で七龍だけが興味深そうに建物を観察していた。
「小隊長、あそこに巨人の足跡らしきものがあります」
「魔女が巨人でも飼っているのか。危険だな」
建物にジリジリと近づく騎士たちは途中で壁に当たったように弾かれた。
「地面に結ばれたワラが建物を囲むようにして円形に置かれているぞ。これは呪術の一種なのか?」
いくら騎士たちが進もうとしても、円形に結ばれたワラの内側には入れない。
「そんなに心配しなくても大丈夫じゃよ。この結界は敵意に反応しておるだけじゃ。人を傷つけることはない」
のんびりとした様子で七龍が棒を手放した。
そのままスタスタと結界の中に入ってしまう。
「危険ですよ!」
「平気じゃよ」
七龍は散歩でもするように気軽な調子で建物の周りをゆっくり一周した。
それから一階にある扉を順に叩いていく。
だが、反応はない。
「ふむ、なるほど」
納得したように頷くと七龍は結界の外に戻ってきた。
「あまり驚かせないでくださいよ。大公様に何かあれば一大事です」
「心配性じゃのぅ」
のんびりとした七龍とは対照的に、小隊長は額に汗を滲ませていた。
「よし、決めたぞ」
七龍は暗器として使えそうな長い鉄串を指に挟んで取り出した。
戦いになると気負う小隊長だったが、
「今から宴会じゃーっ。さぁ、呑んで歌って騒ぐぞ」
「はひ?」
七龍の言い放った言葉に呆然と立ち尽くす。
「ここに住んでおるのは優しくて少しだけ臆病なただの人間じゃよ。さぁ、歓迎の準備をしようぞ」
カッカッカと七龍は楽しそうに笑っていた。
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