46.樹液を煮詰めてみた
元気の樹の幹にはいつも樹液が滴っている。
この樹液は煮詰めなくてもそれなりの甘さがある。
ただ何も手を加えない状態では砂糖ほどではない。
日本の菓子やデザートに慣れた俺には物足りない甘さだ。
そこで樹液を集めて煮詰めたらどうなるか試してみることにした。
元気の樹にいるのは俺の他には柘榴とロココだ。
ラピィは畑仕事をしているのでいない。
「ずっと垂れ流しにしておくのももったいないからな」
「甘味は貴重じゃからのぅ」
樹液を放置しておくと地面にまで垂れて地中に吸いこまれてしまう。
シロップのように加工できればきっと売れるはずだ。
楽して儲かるなら言うことはない。
「元気の樹にはいつも果物が実っているね」
ロココは元気の樹に腰かけてリンゴを丸齧りしていた。
寒い季節になっても葉は瑞々しい黄緑色をしている。
空気も清々しくて、ここだけ春のような感じだ。
空き樽を元気の樹の根元に置いて、樹液が集まるように細工をする。
樹液を溜めている間、リンゴやミカン、ブドウを収穫した。
地上からでも十分な量が収穫できるので、わざわざ樹に登ることはない。
背負いかごがいっぱいになったところで、しばらくのんびりすることにした。
「こういった作業は人を雇ってもいいとは思うがのう」
「それは俺も考えたけどさ。ここで人が働いていたら、のんびりと過ごすことができないだろ」
「そうだね。私もここはお気に入りの場所だよ」
他人が働いているのに俺だけ女と遊んでいたら気まずい。
俺は人目を気にする性格なのだ。
「そうじゃな、もうしばらくはワシたちで独占するとしようかの。ほれ、膝を貸してやろう」
照れ臭くはなるが、柘榴の膝に頭を乗せた。
女の優しい匂いと澄んだ空気で非常にゆったりとした気持ちになった。
すっきりとした気分で目覚めると、俺に抱きついてロココも寝ていた。
俺に膝を貸した柘榴も目を閉じてウトウトしている。
リンゴよりも立派な果実が小刻みに揺れていた。
閉じた目蓋から伸びた睫毛には扇情的な色気があった。
すっと鼻筋の通った美しい鼻から静かに息が漏れている。
柘榴が寝ている時の方が女性を強く感じた。
やはり起きている時は、中身が男性である影響が強いのだろう。
俺にとっては女神にも等しい顔に触れたくなって、そっと頬を撫でた。
無骨な指で触るのはためらわれるようなキメ細やかな肌だった。
「んふぅ」
潤いのある桃色の唇から艶かしい吐息が漏れた。
鼓膜を甘く撫でる声に思わずドキッとする。
どうやら柘榴が眠っていて意識がないと、翻訳能力は働かないようだ。
「ついワシも眠くなってしまったな」
ただ浅い眠りだったようで柘榴はすぐ目を覚ました。
パチパチと瞬きをしながら、体をグッと上に伸ばしている。
それだけで眠り姫のような幻想的な美しさは消えてしまった。
身ごなしがキリッとしていて、男っぽさが色濃く残っているからだろう。
「半分くらい溜まればいいと思っていたけど、樽から樹液が溢れてしまったな」
寝ている間に樽は樹液で満たされていた。
ずっしりと重い。
赤褌の力でぎりぎり持ち運べるくらいだった。
持ち帰った樹液を他の部屋にあった大鍋に入れてコンロにかけた。
火の強さはどれくらいにすればいいのかわからなかったが、とりあえず強火にしてひたすら鍋をかき混ぜる。
「料理が苦手な俺でもこれくらいならできるからな」
火から目を離さなければいいだけだ。
しばらくするとグツグツと大量の泡が吹きあがってきた。
立ち昇る蒸気から甘い匂いが立ち昇る。
部屋に甘い匂いが染みつきそうで、慌てて換気扇を回した。
「こんなに強火で焦げてしまわないかな」
「焦げ臭くはないけどね」
ラピィにそう言われても、心配になって一度火を止める。
かなり粘度が強くなって、水飴みたいになっていた。
シロップとして使うには水分を飛ばし過ぎたようだ。
薄かった茶色も濃くなっている。
割りばしですくってみんなで食べてみると、独特の風味はあるが水飴そのものだった。
「久しぶりに水飴なんて食べたな」
確か子供会で紙芝居を見ながら水飴を食べたことがあった。
それにもっと昔は、飴家のおっちゃんが紙芝居で子供たちを集めて水飴を売っていたと聞く。
そんな日本の昔のことを話すと、ロココの興味を引いたようだ。
「子供たちが喜びそうだよね。私もやってみたいなぁ」
ロココは日本の昔話が好きなので、子供たちにも広めたいのだろう。
紙芝居なら一度に多くの子供たちに物語を聞かせることができる。
「アニキ、水飴をグルグル回しているのはどうしてさ?」
「口当たりが良くなって美味しくなるんだ」
「お餅よりも長く伸びて面白いね」
水飴が白く濁るまで回しているのを見て、仲間たちが真似をする。
子供のロココがやっているのはともかく、ラピィや柘榴まで夢中になって水飴を練っていた。
美女が水飴に目を凝らして頑張る姿は、ギャップを感じて微笑ましい。
水飴みたいになった樹液の水分をもう少し飛ばして放置すると、今度は飴みたいに固まってきた。
「このままだとまずいな」
大鍋に入ったまま固まってしまうと、取り出せなくて困ったことになる。
まだ柔らかいうちに鍋から出して、長く引き伸ばした。
それを包丁で一口大のサイズに切っていく。
完全に固まってしまうと見た目はべっこう飴のような色艶が出ていた。
「これは飴じゃな」
柘榴が舐めてみた感想を言う。
舌に乗せて琥珀色の飴を見せてきた。
龍人という種族だからか、舌が少しだけ長い。
溶けた飴のせいでやけに舌が粘ついていた。
トロトロになった舌には妙な艶かしさがあった。
俺も飴を舐めてみると豊かな風味がして美味しい。
それに体から活力が湧いてくるようだ。
元気の樹という名前に負けていない効果だった。
「元気の飴は柘榴が持っておけよ。喉が疲れた時に舐めればいい」
「そうしてもらえるとありがたいのぅ」
女になって無理な声は出さなくなったが、柘榴は時間さえあれば歌の練習をしている。
喉が疲れることもあると思って、飴の大半を渡した。
「もっと水分を飛ばしたらどうなるんだろうな」
理科の実験みたいになってきた。
大鍋に新しく樹液を注いで、今度はドロドロとしたカラメル色になったところで火を止めた。
泡が落ち着いたところで、グルグルと大鍋をかき混ぜる。
そうしていると暗かった色が少しずつ明るくなってきた。
だんだんとジャリジャリしてきて、鮮やかな橙色になった。
その状態で放置すると、固形の砂糖になった。
「不思議だよね。もっと黒っぽくなると思った」
金色に近い輝きを持つ砂糖を見て、驚いたロココは尻尾をブンブン振っていた。
固形の砂糖を砕いてみると、一粒一粒が砂金のようだ。
舐めてみると強い甘みはあるがくどくはなかった。
独特の風味は残っているが、邪魔になるような味ではない。
むしろこの風味を生かせば、料理の味に広がりが出そうだった。




